答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

豊後土工(ぶんごどっこ)加茂隧道(かもずいどう)に萌えるの巻

2017年02月09日 | 土木の仕事

トンネルの美しさは、出口から差し込む陽光に象徴される。希望があるから暗闇に耐えることができる。そしてすべてのトンネルは闇を抜ける一瞬を持ち合わせている。だから美しいのだとわたしは思う。

 

 

昭和6年完成の加茂隧道(魚梁瀬森林鉄道遺産、北川村加茂)に萌えるトンネル屋ひとり。

世に豊後土工という。「ぶんごどっこ」と読む。

出口から差し込む陽光に向かって歩く彼こそ、脈々と連なる豊後土工の裔。おじいさんと父上はあの黒部の高熱隧道を掘ったという筋金入りのトンネル屋である。ゆえあって知己となった。日本全国に散らばるわたしの同志のうちで、わたしがもっとも信頼を寄せているなかのひとりである。

 

「豊後土工(どっこ)を生んだ上浦」
 農地が少なく、漁業以外に大きな収入源のなかった上浦の人々は、土木工事などの出稼ぎで生計を補っていました。トンネル工事の技術を身につけ、親方として現場を仕切り、後輩も育成し、日豊本線の開通した大正の頃には、全国の工事現場で「豊後土工」は頼りにされるようになります。危険を伴うこの仕事は、抗夫の団結が必要とされ、血縁や地縁による結びつきの強かった上浦の風土が生んだと言え、今も多くの人が全国各地で活躍しています。

(『佐伯市公式ホームページ』より)

 

大分県佐伯市出身福島県福島市在住、遠路はるばる(といっても日本全国をまたにかける彼らにはどおってことないのかもしれないが)南国土佐の高知までやってきてくれた。

とあれば、トンネルを見せねばならない。しかし、与えられた時間は限られている。あまつさえ、わが社で「安全と改善」について講話をしてくれなどという、厚かましいこと極まりないわたしの願いを快諾してもらってもいた。

タイトなスケジュールのなか、帰りの飛行機の時間から逆算したすべての予定のうち、わたしが選んだたったひとつのトンネルがこの加茂隧道。数ある魚梁瀬森林鉄道遺産のなかでは、もっとも脚光を浴びてない(たぶん)構造物だが、結果的にいうとこれがなかなかどうして、見どころ満載の土木遺産なのだった。

玄人の目から見ると謎が多い構造物だという。

それもこれもを含めて、十二分に萌えていただけたようだ。

地元に住んでいながらじっくり見たことがなかったわたしもまた、多くのことを発見させてもらった。身近にこんな素敵なモノが残されていることさえ、よくわかってない己の不明を恥じ入りつつ、わたしの「おもてなしスタイル」に新たなパーツと知識を加えてくれた「ぶんごどっこ」に感謝する。

 

 

萌え~ (^o^)v


 

 

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