きのうに引き続き「工事だより」のこと。
今日はウチの話しである。
「ご迷惑をおかけしないように工事を進めていきますので、よろしくお願いいたします」
とまあそんなふうに、たいていの人は書くのだ(ウチの場合)。
「工事だより」のあいさつにである。
それを見た私は毎度毎度、「”ご迷惑をおかけしない”っていうのはオマエ、そりゃチト無理な話しぞ」と指摘する。
「”ご迷惑をおかけしますが”というふうに書こうよ」と言ったそのあとで、それもまた毎度毎度こう言うのだ。
「アタシたちの仕事は、人に迷惑をかけなければやっていけんのだよ」
物ごころがついた頃から、「人に迷惑をかけない」というのを金科玉条として教え込まれているのが私たち現代日本人だ。
昭和32年生まれの私も、そうやって教えられてきた。
しかし、いつの頃からかは判別しかねるが、近頃の「人に迷惑をかけてはいけません」は、いささか過剰に過ぎるのではないかと、私なぞは今どきの子供さんに同情したりするのだ。
なんとなれば、他人に迷惑をかけながら生きていく(生きていかねばならない)のが人間なのである。
迷惑をかけずに生きていこうとすれば、部屋に引き篭もるしかなく、それでさえ、「他人」には迷惑がかかっていないかもしれないが、身内には大いに「迷惑」な話し。
結局、迷惑をかけつ又かけられつ、といった繰り返しのなかで人は生きていく宿命なのである。
そして、私たちの公共土木という仕事は、他の業種と比べても、とりわけ「人に迷惑をかける」仕事だ。
だから、避けては通れない「人に迷惑をかける」を前提として、そこをスタートラインにして「地域の負担を減らす方策を考えてみよう」と私は言う。
過度に「人に迷惑をかけてはいけません」と教え込まれてきた人たちには、心情としてなかなか受け入れ難いものなのかも知れない、とは思う。
しかし、現実に私たちの公共土木という仕事は「人に迷惑をかける」。
そこのところを大前提としなければ現実とは向き合えない。
「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力をお願いします」、なのであるよ。













