映画「ALWAYS 三丁目の夕日'64」予告編2
自慢することでも何でもないかも知れないのだが、シネマコンプレックス初体験なのである。
かてて加えて、劇場で映画を観ることそのものがいつ以来なのかも、定かには思い出せない。
そんな私だが、じつは、私のほうから妻を誘って『ALWAYS三丁目の夕日’64』を観に行ったのである。
前2作は、DVDを借りたのかTVプログラムで観たのか、これもまた定かではないが、どちらにせよ私のお気に入りムービーには違いがない。
折しも、読み始めていた『小商いのすすめ』(平川克美、ミシマ社)。それは以下のようなアプローチで始まる。
まずは、昭和三十年代の日本人の生活が、なぜ懐かしく、向日的なやさしさに溢れているように見えるのかを考えてみたいと思います。つまり、近代化ということの意味を探っていくことで、なぜ3.11の大震災に前後する消費資本主義経済のなかでの日本人の生活が、多くの人間的な問題を解決できないままであり、将来に対する展望も希望も持てないのか、そのことの意味をはっきりとさせてみたいのです。
それは、進歩とか国際競争力とか経済大国といった概念を相対化する試みでもあるということです。(P.45〜46)
「’64」というタイトルで、何があった年なのかピンとこない人は、ま、私に言わせればかなり「お若い」人なのだが、そういう(32年生まれの)私自身が昭和30年代の空気を解っているかといえば、その尻尾にくっついているだけのようなものなのだし、エラそうなことを言えたもんではない。
言えないがしかし、1964年(昭和39年)と聞くだけで「ハイ、東京オリンピックです!」と答えるぐらいには、昭和30年代に引っかかっている。
昭和三十年代が、家族の絆が生きていたノスタルジーとして語られますが、逆に言えばそれはオリンピックを挟んで近代化が始まり、以後急速に家族が解体してゆく前の、最後の家族の光景であったということです。
(P.183)
願わくば、「ALWAYS三丁目の夕日」の四作目などというものが製作されないように祈るしかない。
(無視する自信がないからだ)
この一連の物語は、1964年で終わるのが相応しい。ここで終わるから美しい。
そう思いながら、イオン高知の雑踏を妻と歩いた。
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小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ |
| 平川克美 | |
| ミシマ社 |















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その1964の頃は、テレビに「一丁目一番地」というホームドラマがありました。つまり一番であること
が目標であった時代といえそうです。
いまは、2番では駄目ですかと国家の一員に諭される時代
で、どこにでもある ありふれた三丁目の時代といえるかも知れません。
アタシは鈴木オート派ですが。