答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「中庸という非凡」(中島岳志)

2016年05月10日 | 読む(たまに)観る

 

「リベラル保守」宣言 (新潮文庫)
中島岳志
新潮社

 

 

ちょっと前に『リベラル保守宣言』(中島岳志)という本を読んだ。そのなかに「中庸という非凡」という章がある。

共感するところ大だったのでハイライトをつけた箇所を紹介する。

 

まず確認しておきたいのは、「中庸」という立場が「現実に追随する姿勢」を指すのではないということです。(Kindle版位置No.884/2336)

 

現実がいくら変わろうとも「変わることのない精神の尺度」を身につけることこそが「中庸」のポイントです。

これは現実から距離をとったり、超越したりすることではありません。あくまでも現実に即しながら、正しく現実を判断する「精神の定点」を獲得することが「中庸」の目指すところです。(同)

 

「中庸」は極端なものと極端なもののの「間を取る」という単純な精神を意味しません。あるいは、二つの極端な意見を足して二で割るようなものでもありません。また、両者の意見を平等に取り入れながら妥協を図る「折衷」のような立場とも異なります。(No.897)

 

「中庸」は一見、凡庸なように見えて、実は極めて非凡な能力が要求されます。歴史的に積み重ねられてきた良識を身につけ、ブレることのない精神の視点を獲得することは、経験と鍛錬を必要とします。(No.918)

 

「中庸」

優柔不断の果てに、妥協あるいは折衷を繰り返し、右往左往しているわたしには、めったやたらにぴかぴかと輝いて見えた言葉。 

 

「中庸」とはあくまでも「総合的なもの」です。いくら時代が動いても、それに随順しない精神のバランス感覚こそが「中庸の精神」なのです。(No.897)

 

サウイウモノニワタシハナリタイ。



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