答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「あしたの太鼓打ち」たちと

2016年03月06日 | 北川村やまなみ太鼓

上村さん撮影

 

今年もまたモネの庭で開かれた「北川村観光びらき」、昨年復活あいなった「やまなみ子ども太鼓」の演奏で幕をあけた。

初々しいそのパフォーマンスを見たOGのMちゃん(師匠たるわたしが言うのもなんなのですが県内トップクラスの打ち手です)いわく、

 

「よかった~!やっぱり太鼓って上手下手じゃないがやね!!」」

 

今さらながら、まこと(和)太鼓というものはおもしろい。

技術の優劣はたしかに大切で、そのために工夫や精進を積み重ねるのはもちろんのことなのだが、いざ本番、のそのとき何が聴衆の心を打つか。少なくとも初心者クラスではそれは明らかに「上手下手」ではない。それこそが、木でできた胴に張った皮、という原始の楽器たる太鼓をメインにした「和太鼓」というパフォーマンスのおもしろさだろうとわたしは思う。

林英哲さんはその著書『あしたの太鼓打ちへ』(晶文社)でこう書いている。

 

今でも、初心者によく言うのですが、太鼓の感動というのは、技術のうまさではなく、切実な気持ちが与える感動なのです。そして、多分、下手なのだから、全身全霊で打つしかなかった当時の我々の、未熟さゆえの熱意の結果だったのだと思います。太鼓とは、きっとそういう種類の表現なのかもしれません。

(P.64~65)

 

ほとんどが初めて一年が経たない子どもたちの、未熟といわれれば「まったくもってそのとおり」と答えるしかないそのパフォーマンスが、にもかかわらず多くの方々の心に届いたのを見届けて、あらためてそんな言葉を思い出したわたしだった。


ではいっぽうオジさんはといえばどうだったか。

演奏直前、かねてより「ききたい」と言ってくれていたY氏の訪問を受けた。

「やっと聴きにこれたぜ」。

そういう彼は、アマチュアとはいえ長年つづけるジャズバンドのバンドマスター、筋金入りのミュージシャンだ。

「あちゃー来たか」と内心ドキドキするわたしは、「音」や「音楽」がわかる人を目の前にして太鼓を打つのが大の苦手である。

いやいやとはいえ20年近くもやっているとよくしたもので、始まってみるとそんな邪念は頭のなかから消え、我ながら「まあまあやないの」ぐらいの演奏はできた(つもり)(たぶん)

いや正しくはできていた(つもり)(たぶん)、だ。

じつのところを明かすとそれは全3曲中2曲目までで、2曲目後半には酸欠状態になり、3曲目が始まるその前に、急きょ予定になかったMCを入れて息をととのえるという体たらく。いつものごとく、悪い意味で稽古不足は裏切らない(まちがいない)。

そんな演奏が終わったあと、くだんのY氏が近寄ってきてこんなことを言う。

 

「おもしろい太鼓やねえ」

「どうも練習不足でネ」と頭を掻くわたしに

「うん、わかるわかる」と彼。

やはり、見る人が見れば一目瞭然なのだ(誰が見てもヘロヘロだったかも ^^;)

「あれ全部オリジナル?」

「うん、そう」(ってすぐ答えたけどホントはひとつだけ違いました。スンマセン)

「ほ~、おもしろいねえ」

「変わっちゅう?」

「うん、変わっちゅう。けどおもしろい。来てよかった」

 

アラフォーの手習いとして始め、今年でキャリア19年の太鼓打ち。

これからも、ぼちぼちと行こう。

「あしたの太鼓打ちたち」のために。

 

 

あしたの太鼓打ちへ

林英哲

晶文社 

 

 

 

 

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