答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『天災から日本史を読みなおすー先人に学ぶ防災』(磯田道史)を読む

2016年02月28日 | 読む(たまに)観る

 

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)
磯田道史
中央公論新社

 

「TSUTAYAへ付き合ってくれない?」

先週の日曜日、女房殿にそう請われ20kmちょっと離れた安芸市へ。わが家からもっとも近い本屋だが、もっともわたしには「本屋」としての認識がない。TSUTAYAはあくまでレンタルのTSUTAYAである。

が、いつ以来だかまったく記憶にないぐらい久しぶりにそのなかに足を踏み入れ、いきなりテンションが上がる。やはり本屋の匂いはいい。

と、すぐにわたしの目を引いたのが中古本のコーナーだ。

「ほ~」

TSUTAYAが中古本をあつかっているとは知らなかった。

しばし物色し、2冊を購入。『天災から日本史を読みなおす』(磯田道史)と『釈迦に説法』(玄侑宗久)だ。

で、先週は『天災から日本史を読みなおす』を読んでいた。

 

 

防災は前におきた災害の記憶に影響されてしまう。(P.69)

 

防災士講習で聴いたあることを思い出す。今高知県において、30年以内に来るであろう南海トラフの巨大地震への備えを大きく阻害しているのが、敗戦直後の昭和南海地震を経験した人たちの意識や言葉だというのだ。「あのときは凄かった」「あのときは酷かった」という体験談とともに語られるのが、「あのときはこればあやった」「あのときはここまでこんかった」。

経験者の言葉は重い。

だがご承知のとおり、昭和南海地震は、ほぼ100年周期で繰り返される南海地震のうちではそのレベルが低かったことで知られている。いやたとえそうではなくても、現存する人間の経験なぞは悠久たる地球史のなかではほんの一瞬に過ぎない。その経験者のじいさんやばあさんの体験談を含めたとしても、たかだか100年あまりの現実でしかないのだ。経験者の言葉は重いからこそそれを基にした想定が足を引っ張る。その想定を超えるものがあれば「想定外」ということになるのだが、想定自体がその程度のものであれば「想定外」は頻繁に起こってしまう。

同じことは「異常気象」という言葉を使う心象にも当てはまる。「異常」はどの程度を基準にした「異常」なのか。通常も想定も、今を生きるわたしたちやそのじいさんばあさんの体験からだけで得られているものならば、それは大きな勘違いだ。

そのことを正しく理解したうえで先例に学ぶことが肝要だとわたしは思う。


 東日本大震災後、歴史地震についての本が数多く出版された。多くは理系の研究者によって書かれ、地震や津波の実態を明らかにするもので、大変参考になる。一方、本書は、地震や津波ではなく、人間を主人公として書かれた防災史の書物である。防災の知恵を先人に学ぶとともに、災害とつきあい、災害によって変化していく人間の歴史を読みとっていただけたなら、幸いである。(P.215)

 

オススメの本である。



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