答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ゆる~いCIM(のようなもの)

2016年02月26日 | オヤジの「ゆる~いCIM」修業

 

きのう、「工事だより」の作成途中まもなく完成というところで、独りでなんだか可笑しくなってきた。

あとは左側空白の部分にちょっとした文章を入れたら完成、というところでである。

何が可笑しかったのか。

初めて「工事だより」をつくってから9年が経つ。

ハナは、わたしがつくったものを「ハイこれ、戸別訪問で配ってね」と現場担当者に強制的に押しつけていた。

だが、この「工事だより」をきっかけにした地元とのコミュニケーションというスタイルがすっかり定着した今は、現場の担当者それぞれが、各々のやり方でつくり配ってくれている。いちおう、「こんなんつくったけどどうでっしゃろ」という報告は社内SNSへアップされるようにはなっていて、それに対して「こんなにしたらどうやろ」とか「これはちょっとマズイんじゃないかい」と指摘はするものの、基本的には各々のつくり方を尊重するようにはしている。

そんななかで皆もまた、ドローンによる空撮写真と3Dモデルを中心としたそのつくり方ゆえか、文章はどんどんと少なくなる傾向にある。

「手抜きか?」

そんなふうに思うこともないではなかったわたしだが、こうやってあらためて自分でつくってみるとやはり、視覚的要素の前では凡百の言葉なぞとるに足らないものだ、とまでは言わないが、下手な文章は極力少なくしたほうが効果的なのではないかと実感する。

それにしても・・・・少ない。

しかもまず文章ありき、ではない。

文字どおり「とってつけた」ように、あと付けで文章を入れ込もうとしている自分が可笑しかったのである。

ドローンによる空撮と3Dモデルの威力は大きい。

これがわたし(たち)のCIMを象徴するものである。

「アンタなに言うてんの。こんなモンぜんぜんちゃうやんか!」

という謗りは甘んじて受けよう。元々が「CIMやってます」と自ら手を挙げたものではない。

「アイツら、なんかCIMみたいなことやってるみたいやで」と貼られたレッテルに乗じて、「中小零細建設業でたのしむ和のCIM」なんて宣言し、ちょっとだけ先行者たらんとしてみたまでのことだ。それをして「CIMではない」と言われれば、あっさり取り下げることに何の躊躇もない。

 

CIMの取り組み(国土交通省ホームページより)


「CIM」とは、計画・調査・設計段階から3次元モデルを導入し、その後の施工、維持管理の各段階においても3次元モデルに連携・発展させ、あわせて事業全体にわたる関係者間で情報を共有することにより、一連の建設生産システムの効率化・高度化を図るものである。


i-Constructionの目指すもの(国土交通省ホームページより)

 

i-Constructionの目指すもの

一人一人の生産性を向上させ、企業の経営環境を改善

・ 建設現場に携わる人の賃金の水準の向上を図るなど、魅力ある建設現場へ

・建設現場での死亡事故ゼロに

・「きつい、危険、きたない」から「給与、休暇、希望」を目指して


やれCIMだ、やれi-Constructionだと、あれこれとかまびすしいが(例によってそれに乗っかってやろうと一計を案じているオヤジです ^_^)、上記を見てもらえればわかるように、その第一目標は「建設生産システムの向上」だ。いいことだ。大いにやらはったらよろし。だがわたしは、その前に(というかそれと同時に)することがあるではないかと声を大にして言いたい(ま、日本の辺境たる高知のそのまた辺境の村からなんぼ大きな声を出しても四国山地で跳ね返されてしまいますがネ (^O^)/)。

それは、公共建設工事の真の発注者たる住民からの「信頼を再構築」することだ。

CIMだのi-Constructionだのという一連の試みから、「住民」の「じゅ」の字も読み取れないし地べたの匂いも嗅ぎ取れないのは、わたしの理解力と能力が不足しているせいなのだろうか。

 

中小零細建設業でたのしむ「和」のCIM(拙プレゼンテーション資料より ^^;)

 

何のために使うか?

そこから「住民」という概念や言葉は、いつもいつでも抜け落ちてはならないものだとわたしは思う。

 

あらあら、近ごろどうも悪いクセだ。

たかだか自分作成の「工事だより」のことを書こうとしたら、お国の施策まで批判することになってしまった。いやはやまったく、どうも大げさなオヤジである。

話を戻す。

いわずもがな、拙「工事だより」は「ゆる~いCIM」のひとつの例に過ぎない。

目的と役割を明確にすれば、限定的な活用であっても十分な効果が得られるはずだ。「建設生産システムの向上」などと肩肘張らずにボチボチと行こう。それが地場中小零細の生きる道だ。

何のために使うか?

そこから「住民」という概念や言葉が抜け落ちては、いつになっても「信頼の再構築」はできないとわたしは思う。

そして、「信頼の再構築」を抜きにしてわたしたちは救われない。

そう思うのだ。


私は私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら私も救えない。

(オルテガ・イ・ガセット)


 

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