答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

我慢するのではなく保留する

2016年02月22日 | ちょっと考えたこと

近ごろけっこうマシになってきたような気もするが、わたし、よく怒る人だ。そして、怒りを感じてしまうと、そのことを突き詰めてさらに怒りを増幅させる傾向もある。

怒りの原因や内容を突き詰めてみたところで、その怒り(の基)が解決するわけではない。むしろ怒りの感情を増幅させるだけである。そして、増幅した怒りはさらに怒りに火をそそぎ、ますます燃え盛るということになる。そうなると、何に腹を立てているのやら何が腹立たしいのやら、自分でもよくわからなくなってしまったりもする。まるで「怒るために怒っている」状態である。これを今読んでいる人からしたら、なんだか滑稽で笑えてくるようなことだろうが、その最中当の本人は大真面目だ。

と書くと、まるでわたしはそんなとき、怒り狂って手がつけられない状態になっているようだが、わたしとてもうすぐ齢耳順に届こうかというオジさんだ。伊達に齢を重ねているわけではない。鎮まれ、冷静になれ、と自分自身をなだめようとはする。そんなとき採用するのが我慢である。こう見えて我慢は得意だ。ガマン我慢と言い聞かせ、身体の内に怒りを封じ込めることはできる。けっして怒りに身を任せているわけではない。

だが、考えてみるとそれがいけないことに近ごろようやく気がついた。我慢というやつは結局、閉じ込めることにしかならないのだ。収まったかのように思えても消えてなくなるわけではない。するとどうなるか。南海トラフの南側にあるフィリピン海プレートの潜りこみによって歪みをためたユーラシアプレートがいつか必ず跳ね上がるように、いずれどこかで噴き出すことになる。そうなると、我慢した分エネルギーが蓄積されているから余計にたちが悪い。

そんなときは「想定を保留する」のだ、と今までも何度か書いた。「想定を保留する」、受け売りである。元ネタを紹介するとこんなふうだ。

 

自分を怒らせるような想定を誰かから聞いた場合、あなたの自然な反応は、腹を立てるか興奮するか、またはもっと違った反撃をすることだろう。しかし、そうした行動を保留状態にすると考えてみよう。あなたは自分でも知らなかった想定に気づくかもしれない。逆に想定を示されたからこそ、自分にそうしたものがあったとわかったのだ。他にも想定があれば、明らかにしてもかまわない。だが、どれも保留しておいてじっくりと観察し、どんな意味があるかを考えよう。(『ダイアローグ』デヴィッド・ボーム、P.69~70)


状況が見えなくなるまで怒りを高めてはいけない。さまざまな意見が現れても、それを観察するだけにとどめることが重要である。そして、他人の敵意によって自分の敵意が誘発されることを知るべきだろう。そうした感情はすべて、観察したものや保留状態にしたものの一部なのである。思考がどう働くかということが、あなたはもっとよくわかるようになるはずだ(P.70)


自分の正しさに固執することなく、いったん保留してみる。そして別の側面から考えてみる。我慢は、腹立ちを抑えるすべとして採用をしない。

とはいえ、無意識のうちにライフスタイルとして自ら選択したオコリンボは、そう生易しくはない。言うは易く行うは難し。だが、そんなことできるもんかと言ってしまえばその時点でゲームセットだ。

ま、ボチボチと行きましょう。ボチボチと、ね。

 



ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ

デヴィッド・ボーム著

金井真弓訳

英治出版




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