答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

続・「、」

2016年02月11日 | ちょっと考えたこと

2月7日に句読点、特に「、」について書いた。

ほどなくしてAさんからメッセージをいただいた。

いわく、「吉田健一の文章には読点がまったくない」。

例として教えてくれたのは『幽霊』。

少し引用してみる。

 

そういう次第でもっと通常のことに話を戻してここに幽霊というものに興味を持っている一人の男がいた。又その資格があることを示してこの男は古今の怪談や心霊術その他の文献に一切頼らなかった。

 

「ワシこれけっこう好きかもしれない」と独りごちるわたしは、じつはかつて吉田健一を一冊買って、読まずに積んで置いていた。『甘酸っぱい味』だ。「、」のない文章との出会いを期待して、わくわくしながら取り出してみる。

「ん?普通?いやむしろ多い?」といぶかしがるわたしの目の前の文章は例えばこんなだ。

 

 その昔、花森安治と話をしていて、我々があくせく原稿を書いて功成り、名を遂げ、というのは要するに、金持になった後には、世の金持でも、殊に成金どもがするように骨董を買い込んだり、茶室を建てたりするという風な馬鹿な真似はしないと申し合わせたことがあった。(『暇潰し』より)

 

その旨をAさんに質問すると明確に答えが返ってきた。

いわく、

昭和30年代の作品には逆に句読点が多くあって、そのころは日本語で文章を書くことに悩んでいたもよう。

『幽霊』は昭和50年代の発表で、同じく晩年の代表作といえば『時間』だろうか。

教えてもらった『時間』のさわりはこうだ。

 

 冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのでなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。それをのどかと見るならばのどかなのは春に限らなくて春は寧ろ樹液の匂いのように騒々しい。そして騒々しいというのはその印象があるうちは時間がたつのに気付かずにいることで逆に時間の概念が失われているから騒々しい感じがするのだとも考えられる。

 

う~ん、とうなる。素敵なテクストだ。

 

ちなみにAさん、まごうことなき土木屋だ。それもかなり腕が立つ(はずだ、たぶん)。

土木技術者は他の技術者と違いマルチでなければならない、土木のことだけ知ってりゃいいってもんじゃない、なぜってそれはシビルエンジニアだから、 というのは予てよりのわたしの持論。

ますますもってその意を強くした。 

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント
この記事をはてなブックマークに追加