答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

わからないから(けど)やる

2016年02月02日 | オヤジの「ゆる~いCIM」修業

何年も前から、色んな人にお誘いあるいは売り込みをいただいていた情報化施工を、ボチボチやり始めてみようかと思っている。これまで躊躇してやらなかったわけではない。誰あろう、わたしが拒否していた。理由は時期尚早だからである。

 

情報化施工(国土交通省ホームページより)

 情報化施工は、建設事業の調査、設計、施工、監督・検査、維持管理という建設生産プロセスのうち「施工」に注目して、I C T の活用により各プロセスから得られる電子情報を活用して高効率・高精度な施工を実現し、さらに施工で得られる電子情報を他のプロセスに活用することによって、建設生産プロセス全体における生産性の向上や品質の確保を図ることを目的としたシステムです。


いやいや、そんな大それたことは考えてない。「そろそろやってみてもいいんじゃないか」という勘がはたらいているにすぎない。いかんせんそれは「勘」なのだから、具体的に言い表すことはできない(できない、ということにしておきましょう)。

そうだ。約3年前にこんなことがあった。

当時の当ブログを再掲する。


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【とりあえずは大きな流れの中で流れて、それ以上のスピードで流れることで独自性を保つ(川俣正)】(2013.3.4)


とある方と話しをしていて、「前向きですよねえ、おたくは」との言葉をいただく。

「いや、そうでもなかったんですよ、じつは」と私。

私の記憶では、高知CALS/ECのモデル工事に名乗りを上げたあたりがその出発点のような気がしているのです、と補足する。

もちろん素地としてはあっただろうし、その萌芽はもっと前にあったのかもしれないのだが、そこんとこは定かでない。

決定的だったのは、(CCPM付きの)ワンデーレスポンス実証実験工事を引き受けた2006年12月。

心情としてはいささか懐疑的だったものの、二つ返事で了承したのは、誘ってくれた県職員さんとのそれまで築いてきた人間関係がベースにあったのはもちろんだが、いわば先行者メリットとでもいうようなものが確かに存在しているのだという、(ささやかな)内なる成功体験から、だったのかもしれない(時としてその先行者メリットの反動が、強烈な振り子となって襲ってくることもありますがネ)。

爾来これが、私(たち)の仕事の仕方の一つの幹となっていて、それをしてカッコ良く言わせてもらうと、タイトルの言葉。

とりあえずは大きな流れの中で流れて、それ以上のスピードで流れることで独自性を保つ」(川俣正)

とこうなるのだが、実際のところこれは桃知利男さんに教えてもらったフレーズを、あとづけで取ってつけたに過ぎない。

有り体に言えばパクリ、いやどうみてもパクリ、全くもってパクリである。

 

さて、話しは戻って冒頭の「ある方」。話しの流れの中で、まだ海のものとも山のものともつかない、とある試みについて説明をしてくれた。

話しの最後に彼の口から出たのは、「もし、そんな話しが現実にあったら、考えてくれます?やっぱりこんなことは前向きな会社じゃないと頼めませんからねえ」という、今のところはまだ、何の具体性もないお誘い。

考えてみれば、この「前向き」というキーワードが、多々ある私(たち)の短所欠点を、ずい分と補ってくれている。

「ぜひ!」と私が答えたのは、言うまでもない。


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結局その「とある試み」は陽の目を見ることがなかった。

だが、「因果はめぐる糸車、明日はわからぬ風車、臼で粉引く水車、我が家の家計は火の車、車は急に止まれない、すべて世の中堂々巡り」だ。そのあとのわたしたちの展開に少なからず好影響を与えて今に至っていると、わたしは勝手にそう思っている。

話を戻す。

社内でのとある会議で冒頭の話を表明したわたしに、「どういうことをするんですか?」「何をすればいいかわからない」と困ったような質問が飛んできた。さもありなん、とそのときは具体的な事柄をいくつか例示したわたしだが、会議の場だからそう答えただけで、じつのところの想いはこうだ。


「オレかてようわからんわ!」


「わからないからやらない」という気持ちは痛いほどよくわかる。だが、基本的な心の持ちようは「わからないからやる」のだ。「わからないけどやる」のだ。

「わかる」へたどり着くには、いつだって「やる」ことからしか始まらない。現実にはそうやって「わかった」ことは、次の「わからない」へのスタートラインにしか過ぎず、「わからないから(けど)やる」からまた始めることになるのだが、とりあえずは「やる」ことからしか始まらない。そして同じ「やる」という言葉でも、「わかったからやる」という当たり前のように聞こえる行為は、現実には存在しないといっていい。それはつまるところこうなってしまうからだ。


「わからないからやらない」


あらあらどうしましょ。話がなんだか大げさになってしまった(悪い癖だネどうも)。

繰り返すが、そんなに大それたことを考えているわけではない。できるわけもない。

幸い先行者は数多いる(たぶん)。さしあたってはいつものように、模倣、からだな。



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