答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

魅せる現場

2015年12月12日 | 土木の仕事

 

 

 

矢板工法によるトンネル工事。

掘削が終わった坑道は岩盤が不安定なため、支保工で支えたあと、支保工と岩盤のあいだに矢板を入れ、岩盤を固定する。今では珍しい、いわゆる在来工法(これで間違いないですよねえ?エラそうに説明したものの、わたしトンネルはシロウトです)。『寿建設社長のブログ』から拝借した現場写真だ。

この小さな画像からも、そのていねいな仕事ぶりが十分伺える。半端ではないレベルだとわたしは感じた。

12月8日の『寿建設社長のブログ』から引く。

 

20年近く前、工事現場に発注者がパトロールなどに来る予定が入ると、いろいろ指摘されたり注意を受けるのを嫌ったのか、何かといろいろ理由をつけて現場作業を止めたり、簡単な作業だけをするようにした会社が少なくなかったようである。

先代社長はそれに対し「当社は堂々と現場を見せる会社でいよう」と言っていた。そして問題は指摘してもらい、改善すればもっといい現場になる、と。

私はそこからちょっとひねって「魅せる」現場にしよう、と言い出した。
パトロールや視察に来た方が、「おお、この会社の現場はすごい!」と言ってもらえるような現場作りをしようという意味である。
これからの建設業にはそういう発想が必要だと思っている。

(太字注釈:宮内)

 

これを読んでまっ先に思い浮かんだ言葉がある。今年の夏ごろ、ある工事現場(当社ではありません)で聞いた「(どうせ)仮設だから(いいでしょ)」という言葉だ。

だが、「そういう言い方(考え方)はイカンやろ」と、そのとき諭したわたしもまた、かつてはそういう考え方をしていた人間だ。いや、有り体に白状すると今でもないではない。

それらに比べて、この意識の高さはどうだろう。まさに、月とスッポン、雲と泥。ひょうたんに釣り鐘、雪と墨、てなもんである。

 

ここ数年、当社を訪れてくれる人々が毎年何組かいる。正直いうと来てほしくない。恥ずかしいのだ。

「見せてほしい」という打診があるたびに、「ウチなんかにわざわざ来たって得るものはないですよ」と断ってきた。今でも心底そう思っている。だが、いつの頃からかあきらめて、「ま、大して見るもんはないですけど、それで良けりゃどうぞ」と言うようになった。そのココロは、「イヤやけどしゃあないな」である。悲しいかな、それがわたしの現実だ。

内田樹さんが説くところの、そしてわたしがいつも受け売りで語るところの「学びのシステム」論からいけば、先方がその気になれば、その対象は必ずしも「玉」である必要はない。極端なことを言えば、路傍の「石」からだって学ぶことはできるのだ。

だが、「見られる」ことを意識すると女性が変化してくるように、人に見られることが多くなれば、それはそれなりに現場の有り様が変わってくる。もちろん良い方向への変化である。少なくともわたしは、当初予期していなかったその成果を実感している。

それを一歩進めて「堂々と現場を見せる」。

さらに進めて「魅せる現場をつくる」。

簡単なことではない。企業の文化や風土がそうでなければ、単なる絵空事、掛け声倒れに終わって「ハイそれまでよ」となるのは目に見えている。だが、進むべき方向はそっちのような気がしてならない。

「いろいろ指摘されたり注意を受けるのを嫌ったのか、何かといろいろ理由をつけて現場作業を止めたり、簡単な作業だけをするようにした」

この辺境の土木屋が、数多存在するであろうそのうちの一人だからこそ、尚さらそう思うのである。

 

 

 

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