答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「なぜ?」という問いから何を導き出すのか

2015年12月09日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

Hさんと話しをしていた先日。

どういう経緯からかは忘れたが、「なんで?ってよく聴くんですよね私」と話し始めた私。

(ちなみに、この人と会話をしていると、つながりがつながりを求めて、話しは縦横無尽にアチラコチラする。このとき2回目、ですけどネ)

「原因が知りたいんですよ。成果が上がったことも失敗したことも、何故そうなったか?がわからないと次へ活かせない」

「けんどねえ、よっぽど注意してかからんと、コレ危険なんです」

「詰問になってしまうんですよね、なんで?って」

ウンウンとうなずく彼。聴き上手である。

「私のような性格の人間だと特にネ」

「彼我に上下や大小の力関係があるとなおさら、なんで?っていう問いかけはキツイ」

「じゃあ」

とおもむろに問い返してくるHさん。

「どうやって聴いたらいいんですか?」

「・・・・・」

情けないことに絶句してしまった私。そこまで答えは出かかっているのだが、具体的な言葉として出てこない。

あげく、ようやく絞り出した答えは、

「わからんのですよね、それが ^^;」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2013年8月に書いた稿である(このあともう少しつづきがあるんですが)。

「たしかこんなこと書いたことよな」と引っ張りだしてきたのは、最近、ずっと考えていたことがあるからだ。


なぜ詰問調になるか。それは、いきなり失敗の原因を探ろうとしているからではないか。

まず、「何をしようとしていたのか」「何がしたかったのか」「どういう目的があったのか」をリサーチするところから始めて、そこから原因にたどりつくというアプローチをとったほうが良いのではないか。

そのプロセスのなかで、よしんば原因にたどりつけなかったとしても、その「目的」のためにはこんな方法があるんじゃないか、あんなやり方があったんじゃないか、と考えを巡らす。意図したものが何であったか。それが良いものであれば、たとえその時その場で採用した方法が適切ではなかったとしても、手法自体をさほど問題にすることでもない場合があるのではないか。

失敗の原因を究明するより先に、「意図」や「目的」を知ることのほうがずっと大切な場合がある。その時その場の「意図」や「目的」が適切だった場合は、その「意図」を信頼し、その「目的」を尊重したうえで方法論を吟味する。

そんな視点から問題解決を図ることによって、次へとつながる方策が見つかるのではないか。

 

な~んてことをである。


「じゃあ」

「どうやって聴いたらいいんですか?」

と別のわたしが問いかけてくる。

「・・・・・」

「わからんのですよね、それが ^^;」


具体的な言葉を即答できず、ボウズ頭をボリボリと掻きむしるオヤジ (^^)

 


 

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