答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

怒ることによって本当に自分の主張が他者に伝わるか?

2015年12月08日 | 読む(たまに)観る

アドラー 人生を生き抜く心理学 (NHKブックス)

岸見一郎著

日本放送出版協会

 

「アドラー本」を読んでいると、どうしてもこのようなくだりが気になるのは、読み手であるわたし自身がそのような人間なのだからだろう。

とはいえ、頭でこれが理解できたとして、現実問題としておのれの言動をどうするか、どうやって身体に入れるかは、ひとえに自分自身にかかっている。

以下引用である。

 

怒るのは、そのことによって自分の考えを主張し、他の人に自分の考えを認めさせるためである。自分の考えを主張すること自体に問題はない。問題は、怒ることによって、本当に自分の主張が他者に伝わるかという点にある。怒るという方法では、たしかに多くの場合、人はいうことを聞いてくれるかもしれないが、気持よく聞いてはくれないのである。もしも自己主張するためのより有効な方法を知っていれば、その方法を選ぶはずだが、怒る人はそのための他の方法を知らない。怒ると、まわりの人が自分のいうことを聞いてくれたという経験をしたことがあるのだろう。アドラーは、怒りは人を後ろから押す力ではなく、人に自分の考えを受け入れさせ、人を動かすという目的のために創り出す感情である、と考える。(Kindle版位置No.712)

 

人は怒りによって後ろから押され、その感情には逆らうことができないというふうに見れば、怒りから自由になることはできない。しかし、怒ることが自分の意志を主張する方法として適切かどうかを考え、それが怒っている当人が思っているほどには、自己主張という目的のために有効な方法ではなく、怒ること以外に有用な役立つ方法があることを知っていれば、怒りの感情を脱却することは可能である(同725)

 

(太字はわたし。全部太字にしたい誘惑にかられますが ^^;)


いや~、まことにもってお節ごもっともだ。来し方を思い起こせば、掃いて捨てるほど思い当たることがある。

かといって、「怒り」や「怒ること」が何かを生み出すエネルギーになってきたことを否定する気はない。だが、「怒ることによって本当に自分の主張が他者に伝わってきたか?」と問われたら、ウムム・・・、と答えに窮するしかない。

けっこう前から気づいていたことである。そしてそうならないように実践してもきた(つもりだ)。

だがこうやってビシっと指摘されると、思わず背筋がピンと伸びてしまい、我が胸に手を当て今の自分を省みる。

いやはや、生来のおこりんぼは、なかなかに根が深い(アドラー流に言えば「生来のおこりんぼ」などというのはなく、その人自らが選択した「ライフスタイル」(※)なのですが ^^;)。

ミミガイタイノデアルヨ。



※ライフスタイル

 アドラーは、この世界、人生、またこの自分についての意味づけを「ライフスタイル」(Lebensstil,lifestyle)と呼んだ。これは普通には「性格」と呼ばれている。アドラーは、ライフスタイルが外に表れた形が性格であると考える(『性格の心理学』)。性格は生まれつきのものではなく、簡単ではないが、変えることも可能だとアドラーは考えているので、生まれつきのもので、変えにくいという印象を与える性格という言葉を使わずに、ライフスタイルという言葉をそのまま使いたい。(同書、位置No.785)

 

 

 

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