答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

三重の人、島根の人

2015年11月19日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

きのう11月18日は土木の日。日本全国の「土木の人」たちは、どんな土木の日を送っただろうか。

わたしはといえば、お城下へと赴いて土木学会CIM講演会in高知で一席勤めさせてもらった。お題は、『中小零細建設業でたのしむ”和”のCIM』である。

 

それを去ること1週間ほど前、ある人からメールが届いた。三重県在住のMさん。なんでも、会社を休んでわたしの話を聴きに来るという。すごい行動力、ビックリぽんである。

彼とは一度だけ会ったことがある。一昨年の岡山、「現場プレゼンテーション勉強会」という催しでだ。わたしも彼もプレゼンターのひとりで、その夜のF2F、少しく語り合わせてもらった。好漢、という印象を抱いたのを覚えている。それにしても・・・・・。

わざわざはるばる聴きに来ていただくほどの値打ちがわたしの話にあるか、あるいはわたしがそれに値するほどの人間か。そんな考えが、ふと頭をよぎったのだが、わたし自身が何者であるかどうかなどは、(たぶん)この場合、副次的な意味しか持ってないはずだ。

このオッサンがどうであれこうであれ彼は、「学びの対象」として想い定めた(ちなみに彼は、わたしのことを「ぼくにとってAKBとかSMAPみたいなもんですわ」と言ってましたが、いやいやアタシャ踊れませんて)。そして行動した。そのことが第一義的に正しいとわたしは思う。

受信する側に「学ぼう」という想いがなければ、何ごとからも何がしも得られるものではない。逆に、「学ぼう」と思い込みさえすれば、何ごとからでも何がしかを得られる。その文脈からいえば、彼が決めた「学びの対象」たるわたしは、極論すれば、路傍の石でもなんでもかまわないのである。

ささやかながらの感謝をこめて、塩タタキなど食しながらの昼餉を共にしながら、彼の話をよもやま聴く。やはり、突破しようとする人はどこか違うもんだと感心する。そして、ありがたいことだとしみじみ思う。

 

拙講を含めた会が終ったあと、下りのエレベーター前で別れのあいさつをしていると、土木屋さんとおぼしき作業服姿の人が近づいてきた。会の初め、話しの途中、それが何だかしかとはわからないが、その目がサインを送りつづけてくれていたような気がしてならなかった人だ。

名刺交換をさせてもらう。住所を見ると、島根の人だ。聞くと、わざわざわたしの話を聴きに、往復10時間を日帰りなのだという。

しつこいようだが繰り返す。

このオッサンがどうであれこうであれ彼は、「学びの対象」として想い定めた。そして行動した。そのことが第一義的に正しいとわたしは思う。

受信する側に「学ぼう」という想いがなければ、何ごとからも何がしも得られるものではない。逆に、「学ぼう」と思い込みさえすれば、何ごとからでも何がしかを得られる。その文脈からいえば、彼が決めた「学びの対象」たるわたしは、極論すれば、路傍の石でもなんでもかまわないのである。

 

思いもかけぬ出会いに感謝感激、そして彼らの想いと行動力に敬服。

三重の人、島根の人、また、どこかでお会いできる日を楽しみにしています。

どうもありがとうございました。

 

 


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