答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「かっこいい土木」 ~ 続・感想文という名の手紙をいただいたこと

2015年11月13日 | 土木の仕事

安芸桜ケ丘高校から届いた感想文について、ひとつだけ補足させていただく。

書きたいことはいくらでもあるのだが、ひとつだけにするのは、わたし自身の心がヒートアップしすぎていて(受け取って2日経った今でも、思い出すだけで熱いものが込み上げてくるんだネ、オジさんは)、なんだか冷静に書くことに自信がないからだ。

では何を書いておきたいか。「かっこいい」についてである。

「かっこいい」という言葉を選んでくれた人が何人もいたことについてである。

もちろん、もっと多数の人たちが、「すごい」という言葉を使って「土木」という仕事を形容してくれていて、そしてそれは、オジさんにとってありがたくてありがたくてたまらないことなのだけれど、わたしはなぜか、「かっこいい」という言葉がすごく印象的だった。

いわく、

土木がかっこいいと思った

土木の仕事がすごくかっこよく思えました

すごくかっこいい仕事だと思いました

土木をしている人たちを誇りに思い、かっこいいと思います

人のためになるかっこいい仕事だと思いました

(東日本大震災で自衛隊が救援に入るとき、その通る道は「土木の人たち」がつくったと聞いて)

とてもカッコイイと思いました

 

ある仕事についての感想として「かっこいい」という言葉を選択する。ごくごく自然な感情として「かっこいい」が湧いてこなければ、「かっこいい」という言葉は選ばないのではないだろうか。

わたしたちが営む土木という仕事は、いわゆる「かっこいい」とは対極にある。

もちろん、自分たちはけっしてそう思ってはいないが、世間一般からは「かっこいい」の対極にあると思われているのが現実なのだ(と思い込んでいる)。

 

「土木を学ぶ学生なんだからあたり前だろうが」、と言う人がいるだろうが、それはチト違うと思う。

今どきの実業高校における「土木」(という学科名はほぼ絶滅しかけてますがネ)は、「土木という仕事」をしたい子どもばかりではない。どころか、卒業して「土木」の道に進む子のほうが時として少なかったりもする。そこでは、土木に対して思い入れを持つ学生などは少数派に過ぎない。

そんななかでの「かっこいい」である。

わたし自身、そんなふうに思ってもらえるなどとは夢にも思っていなかった。

だが「土木」というのは、きちんと伝えることができれば、「かっこいい」という評価が自然と出てくる類の仕事なのだ。

(もちろんその感受性は各人各様、そう思う思わないは人それぞれですけどネ)

 

昨今の我が業界からのアピールは、ことさらに「土木という仕事」をかっこ良く見せようとしたり親しみやすくしようとしすぎていて、そんな試みがどちらかというとわたしは好きではない(いや嫌いです)。だが、戦術としては否定しない。「土木」のイメージアップのためにアノ手コノ手を使うのは、むしろ奨励されることだ。あくまでも個人的な好き嫌いとして好きではない。

「住民”ありがとう”と言ってもらう」というキャッチコピーをかかげて仕事をする人たちがいる。かくいうわたしも、そのなかの一人だ。心持ちとして、とても大切なことだと思っている。だが、「ありがとう」に固執するあまり、本業以外のサービス(いわゆる「地域貢献」ってやつですネ)をした結果としてもらう「ありがとう」のほうにウエイトが傾いているような人たちも見受けられる(あくまでも主役は何か、ということですネ)。

こういうのもわたしは、なんだかなあと思う人である。

 

どうせ伝えるなら、きちんと本業のことを伝えよう。

 

思いもかけずいただいた「かっこいい」という言葉に、日ごろはゲリラ戦を得意とするわたしだがこればっかりは王道を心がけねばと、自戒を込めてそう思った。



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