答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「高校でサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」について

2015年08月29日 | ちょっと考えたこと

女子教育「コサイン教えて何になる」 鹿児島知事、撤回

http://www.asahi.com/articles/ASH8X3J26H8XTLTB005.html

 

鹿児島県伊藤祐一郎知事が、27日に開かれた県の総合教育会議で、女性の高校教育のあり方について、「高校でサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」「それよりもう少し社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいいのかなあ」と述べていたことが分かった。知事は28日の定例記者会見で「口が滑った。女性を蔑視しようということではない」と発言を撤回する考えを示した。

 総合教育会議での発言は、25日に公表された全国学力・学習状況調査の結果について、知事の目標設定を問われた場面だったという。知事は28日の記者会見で「サイン、コサイン、タンジェントの公式をみなさん覚えていますか。私もサイン、コサインを人生で1回使いました」と釈明した。

(朝日新聞デジタル2015年8月28日12時00分)

 

この発言が問題なのは2つの意味からである。

一点はとうぜん女性蔑視。それについては、見たまま聞いたまま、ナニヲカイワンヤなのであえて触れない。

わたしが注目したいのはもう一点。それは、学校教育に対する考え方の履き違えであり、そのことについては、じつはこの知事さんだけでなく、広く世の中に蔓延した考え方のような気がするので書いておくことにした。

つまり、学校では「社会に出て使えるものしか教える必要がない」という考え方で、児童や生徒、学生がよく言うところの「先生、こんなん勉強して社会へ出て何の役に立つの?」というアレ。

現にわたしなぞは、過去、何百回それを口にしたかわからない。だが、「子どもの屁理屈」と笑うなかれ。それに対してきちんと返答できる大人が、今、どれだけいるだろうか。

広く世の中に蔓延する「実学」偏重の「空気」が、知事さん発言の背景としてあるとわたしは思う。試しに、「女性の高校教育のあり方」という冠を外して、この記事中の発言を読んでみてほしい。

 

「高校でサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」

「それよりもう少し社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいいのかなあ」

「サイン、コサイン、タンジェントの公式をみなさん覚えていますか。私もサイン、コサインを人生で1回使いました」

 

内心、「そうだそうだそのとおりだ」という人がけっこう多いのではないだろうか。これに対して、「三角関数を否定するとはナニゴトか。オレたちゃサイン・コサイン・タンジェントなぞしょっちゅう使っているぞ。まして女性技術者が必要とされるこの時代にそんなことを言うのはケシカラン」という、「我々業界側」からの批判を目にしたが、じつはそれも、「実学こそが大切だ」という論調では、この発言と同類だ(つまり、三角関数を勉強すれば実際に役に立つ)。この場合の「サイン・コサイン・タンジェント」は、言ったご本人にそういう意図があったかなかったかは別として、比喩としてとらえるべきである。

「教養」と「実学」、どちらに偏りすぎても学校教育はよろしくないが、どちらかに偏るならば「教養」だとわたしは思う。学校教育においての「将来役に立つか立たないか」を、即物的に「役に立つか立たないか」で判断してはいけない。

一見、無駄にしか見えないものも学ぶ。その大半は即物的にいえば「役に立たない」ものかもしれないが、とにかく学ぶ。そのなかで「学ぶ」という行為の大切さを身体で覚えていく。そのことが社会に出て「役に立たない」はずがないではないか。

「サイン・コサイン・タンジェント」を、一生のうち何回使うか使わないか、そんなレベルの話ではないのである。

と、「サイン・コサイン・タンジェントなんか勉強して何になるの?」と口にしつづけて勉強しなかったかつての少年、転じて現在57歳土木屋は思うのだ。




  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント
この記事をはてなブックマークに追加