答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

私たちの「お客さん」は住民です、が・・・

2015年03月28日 | 三方良しの公共事業

マネジメント[エッセンシャル版]

ピーター・F・ドラッカー著

上田惇生編訳

 

今日から、も少し早起きしてみようと、目覚まし時計を30分だけ早くセットしてみたが、

いつものことではあるけれど、描いた絵どおりにことは運ばず、

うだうだと寝床で過ごすこと20分。

強い動機づけがなくしては、ま、こんなもんだろうと思いつつ、

『マネジメント(エッセンシャル版)』を読む。

 

 もちろん、消費者すなわち財やサービスの最終利用者は顧客である。だが、消費者だけが顧客ではない。顧客は常に一種類ではない。顧客によって、期待や価値観は異なる。買うものも異なる。

(位置No4047中396)

 

ふむふむナルホド。

だが、このあとの喩えはもっとわかりやすく、そして切実に私の腑に落ちる。

読んだあと、生活用品のメーカーを「中小建設業」、主婦を「住民」、小売店を「役所」に置き換えて、また読んでみてほしい。

 

生活用品のメーカーは主婦、小売店という二種類の顧客を持つ。主婦に買う気を起こさせても、店が品を置いてくれなければ何にもならない。店が目につくよう陳列しても、主婦が買ってくれなければ何にもならない。

 

「私たちのお客さんは住民です」

と広言して幾久しい私は、それと同時に、発注者(いわゆる「役所」)も顧客だと定義する人である。

公共建設工事の場合は、社会資本のエンドユーザーたる「住民」のもとに私たちがつくったモノ(場所)を届ける手前の一次顧客として、発注者が存在すると思っている。

もちろん、「発注者(行政)と受注者(施工業者)がチームワークで住民の安心安全のために良いモノをより早く」をモットーとする私のことだ。

第一義的には、「役所」は「つくる人」たるパートナーだと考えている。

だが、発注者がその性格上、施工業者がつくったモノを(納税者の代理として)「買う人」という側面を持っていることは否定できない。

その点においては、「どちらがあるべき姿?」などという議論はナンセンスである。

「つくる人」も「買う人」も、発注者の在りようとして本来的なものなのだろう。

という現実を踏まえると、「発注者はお客さん」だと認識するほうがスッキリしているし、

だいいちもっと現実的な話をすると、「金を握っている」のは向うなのである。

どう足掻いても、「金を握っている」ほうが強いのは貨幣社会の一般だ。

であれば尚さら、「発注者(いわゆる「役所」)はお客さん」だと私は思う。

 さらにそれを一歩進めて、

社会資本のエンドユーザーたる住民に、つくったモノ(場所)を届けるサプライチェーンの一員として、我も彼も存在する。

という認識で仕事をしていけたらいいな、というのが私の、「発注者(いわゆる役所)もお客さん」論である。

(論、っていうほどのことでもない?)

(そんなんあたりまえやんか、っていう人もおるわね、たぶん ^^;)

 

そういえばそんなふうなことを、

ここに書いたり、どこかで喋ったりしていたのになあ・・・

と、その考えは今も変わってないが、ことさら皆に言わなくなった自分自身を振り返り、

言わ(書か)なくてよくなったから言わ(書か)なくなったのか、

自分のなかでは当たり前すぎて、特に表明するほどのこともなくなってしまったのか、

それとも単に忘却の彼方へといってしまっていたのか、

どちらにしても、繰り返し伝えなければならないことは繰り返さなければと、

ドラッカーを読みながらそんなことを思う今日の朝。

平成26年度最後の土曜日なのである。

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

    発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加