答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

分割しえないものを共有する儀礼

2015年03月10日 | 食う(もしくは)呑む

久しぶりに内田樹を読んでいた。

 

液体や気体はほんらい分割しえないものである。分割しえないものは私的に所有できない。だから、「分割しえないものを共有する」儀礼をつうじて、おそらく私たちの遠い祖先は「仲間であること」の確認を行ったのである。

 宴席でビールが飲みたいときには、隣の人のグラスにまず注ぎ、相手が「あ、気がつきませんで・・・」と言って、ビール瓶を奪い取って私のグラスに注ぎ返すのを待つのが大人のマナーである。自分が欲するものは他者から与えられることでしか手に入れることができない。このルールを内面化したことで人類は「人間」になった。
(『態度が悪くてすみません』内田樹、角川oneテーマ21)

 

いっておくが、我が「土佐の献杯(返杯)」について書いた文章ではない。

だがこのくだりを読んだ私は、

「土佐の献杯(返杯)」こそ人類普遍のルールを今に残すマナーなのだと

独り得心し、感動すら覚えてしまった。

と同時に、はたと考えこんでしまったのである。

 

連綿とつづいてきたある風習や文化が廃れていくとき

ほとんどの場合その責は、その風習や文化を拒否しようとする(ように見える)世代に覆いかぶせられる。

だが、そうではない。

直接的には、それを容認してしまったひとつ前の世代にその責は帰せられるべきだと私は思う。

 

じつは・・・

献杯(返杯)という宴席のルールが廃れていくとしても 

もうそれはそれで仕方がないではないか、

そんなメンドクサイことはいいではないか

と思い、ことさらに若い人たちに強いることをしなくなっている私である。

あゝ、イカンイカン。

なんであれ、伝えなければいけないことはメンドクサがらずにきちんと伝えなければ、

次代へのパッサーとして存在していると広言する私らしくないではないか。

ちょっとばかり反省してしまったのである。



態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い (角川oneテーマ21)

内田樹

角川書店

 

 

 

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