答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「訛っている」ということ

2015年02月16日 | 北川村やまなみ太鼓

 

 

あしたの太鼓打ちへ

林英哲

晶文社

 

太鼓は「訛っている」ことこそ、重要な美点(武器)なのです。

 

という言葉の前段に書かれているセンテンスは、

 

地域の特徴を生かした「郷土芸能」であることが存在意義になっている太鼓では、「共通語」でしゃべることは何の価値にもなりません。

 

マイ・フェイバリット・タイコウチたる林英哲さんが書いたこの本。

ああそれなのにそれなのに、

最初に読んだのはいつごろだったのか、

太鼓を初めてからまもなくだったという記憶だけはある。

そもそもそういう私は、四十路を越えてからの「太鼓打ち」修行であり、

六十路にさしかからんとする今となっては、

技術の習熟と体力の衰えが同時に進行するという現実と

どうにかこうにか折り合いをつけながら生きる「太鼓打ち」なれば、

『あしたの太鼓打ちへ』を再読してみたとて、

「あした」があるやらないやら定かではないが、

あらためてぺらぺらとめくってみると、

なかなかに含蓄のあることが書かれており、

ぼちぼちと読ませていただくこととしよう。

とかナントカ思いつつ、

さしあたっては、

残された太鼓打ち人生を、せいいっぱい「訛って」過ごしていこうと、そう決意したあと、

「太鼓」という言葉をこう置き換えてみたらどうなんだろう、とふと考える。


地域の建設業は「訛っている」ことこそ、重要な美点(武器)なのです。


いやはやまさに言い得て妙。

独り悦に入ってほくそ笑む私なのである。 

 

あしたの太鼓打ちへ
林英哲
晶文社

 

 

 

 

 

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