答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

自己肯定と自己受容

2015年01月28日 | 読む(たまに)観る

嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え

岸見一郎、古賀史健

ダイヤモンド社

 

読みかけ、あるいは「積ん読」の本を一つひとつつぶしていこうと、

まず手始めは『嫌われる勇気』から。

全編なかなかに示唆に富んだことが書かれてはいて、

それに比例してマーキングもまた、

けっこうな多さになったのだが、

イマイチ心に届かないと感じてしまうのは、

たぶん著者たちや、そのネタ元であるアルフレッド・アドラーにはなんの責任もなく、

その主張するところに対して、

「(たしかにそりゃそうかもしれんけど)じゃあどうすりゃいいのさ」

という心持ちを抱きがちになる私にあるのだろう。

単に私の嗜好ゆえ、なのかもしれないとも思う。

だが、そうであったとしても、

ヒントがそこらかしこにあるのも事実である。

イイトコドリはいつものこと。

「ま、ええやないの」と思いつつ、『嫌われる勇気』を読了する朝。

 

青年 それは、もっとポジティブになって自分を肯定する必要はありません。自己肯定ではなく、自己受容です。

哲人 ことさらポジティブになって自分を肯定する必要はありません。自己肯定ではなく、自己受容です。

青年 自己肯定ではない、自己受容?

哲人 ええ、この両者には明確な違いがあります。自己肯定とは、できもしないのに「わたしはできる」「わたしは強い」と、自らに暗示をかけることです。これは優越コンプレックスにも結びつく発想であり、自らに嘘をつく生き方であるともいえます。

 一方の自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。自らに嘘をつくものではありません。

(Kindle版、位置No.2872/3760)

 

どうでもいい話しをひとつ。

「じこ」と打ち込むと「事故」、

「こうてい」と入力すれば「工程」、

「じゅよう」には「需要」。

事故工程、

事故需要、

商売柄とはいえ、なんとも・・・・ ^^;

「そりゃいかんやろ」と、

ひとりでツッコむ昼メシのあと。

 

 

  

  ↑↑ (有)礒部組現場情報ブログ


   

   発注者(行政)と受注者(企業)が

チームワークで住民のために工事を行う

(有)礒部組は三方良しの公共事業を実践中!

コメント
この記事をはてなブックマークに追加