答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

撮るということ

2014年12月03日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

北川村温泉のすぐ手前、

現場の全景を撮影しようと奈半利川の対岸に車を停め、

カメラを構えた私の真下にはこんな風景が。

 

 

思わず現場はあとまわしにして、

何枚か撮ってみる。

 

「良い写真」を撮るためにどうすればいいか。

(「良い写真」の定義は色々さまざまあろうが、とりあえず「良い写真」)

よく言われるのが「目的を持って撮る」、

あるいは「目的を持って撮す」ということ。

この言葉を、(公共)土木技術者という私の職業に当てはめてみれば、まったくもってそのとおりだと私は同意する。

では公共土木における「良い写真」とはいかようなものなのか?

一般的にいえば、「事実をありのままに証拠として記録している」ということになろうか。

だが、私はそうではないと思っている。

「事実を撮す」のではなく、

「写ったものが事実」なのである。

ありゃりゃ、ついつい微妙な言い回しをしてしまった。

けっして捏造を奨励しているつもりはない。


たとえば事実を撮ったとしても、それらしく写ってなかったということはよくあることである。

その原因には、テクニック不足やセンスのなさや、色々さまざまあるだろうが、

断言してしまうと、

「な~んも考えずに、ただただ記録写真を撮っているだけ」

であるがゆえに、と私は思っている。

その写真は、

「何のために撮るのか」

「何を記録しようとするのか」

「何を伝えようとするのか」

その目的がはっきりしてない人は、必定、「良い写真」を撮ることができないのである。

もちろん、何千枚という膨大な写真を撮るそのなかで、

ひとつひとつの写真すべてを、そんなことを考えながら撮ることなどできはしないことは私とて承知している。

だが少なくとも、

「な~んも考えずに、ただただ記録写真を撮っているだけ」

では、たとえ「良い写真」が撮れていたにしても、それは単なる結果オーライにすぎないのである。

 

あ、そうそう。

あとまわしされてしまった現場の全景である。

もちろん、撮った。

 

 

どこからどこまでが現場なのか、まったくわからない。

どうみてもメインは川である。

だがひょっとしたら、

こんなのもアリなのかもしれないのであるな (^_-)


(ちなみに、私個人的には、何の目的もなく、な~んにも考えずに、ふと目にした風景を切り取るというのが大好きなのであります ^^;)



  

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