答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『グローバリズムという病』(平川克美)を読む

2014年08月08日 | 読む(たまに)観る

 

グローバリズムという病
平川克美
東洋経済新報社

 

 日本におけるグローバリズムの流行は、世界の中でも独特の様相を示している。日本人はグローバルという言葉を前にすると、ほとんど反射的に自分たちが責め立てられたような気持ちになり、そわそわしてしまうようなところがある。日本人は、元来、グローバルという言葉に弱いのである。その理由は、明治期以降、東アジアの島国から脱皮して、西欧近代国家にキャッチアップすることが国是であった時代、産官あげて西欧に範を求め、西欧に学んできた経験が、世界有数の経済大国になった今でも、西欧コンプレックスというかたちで一種のトラウマになって残っているからだろう。(P.50~51)

 

「中小建設業はコミュニティー空間でしか生き残れない」と喝破したのは浅草の桃知さんで、

かくいう私もその言には甚だしく同意するのだが、

その中小建設業の構成員たる私の知人たちにも、「グローバル」を是とするという人は少なくない。

冒頭の引用が表すように、「日本人は、元来、グローバルという言葉に弱い」がゆえだろうか、

私にはそんな風潮が、「グローバルすなわち明るい未来」というふうな盲目的思考の所以に思えてならない。

そんな私だもの。こんな文章に出あってしまうと激しくうなずいてしまうのだ。

 

 「グローバリズム」「グローバル人材」「グローバル戦略」。こんな単語が、毎日のようにビジネスマンや、政治家、メディアによって語られている。時代はまさに、グローバリズム一色というわけだ。ところがグローバルな人間とはどういうものなのか、グローバル化する世界とはどのような世界なのか、グローバルに生きるとはどういった生活を意味するのかといった問いに対しては、グローバル人材の要を唱える人々は何も答えてくれないか、答えがあったにしても、それは根拠の薄弱な希望であったり、これ以上は間違いようがないほどに、頓珍漢なものだったりする。(P.36~P.37)

 

 「今や、英語ぐらいできないと世界に乗り遅れる」とか、「グローバル化に対応して日本も鎖国的な状況から脱しないといけない」とか、「このままでは、日本は世界に取り残されてしまう」とは言うが、そこに「乗る」ことのメリットとデメリットとは何なのか、そもそもグローバリズムとは何であるのかについての議論はほとんどなされていない。

 あるのはただの「英語熱」。「アメリカ熱」。アメリカへの憧憬と、羨望、へりくだり。(P.37~38)

 

そんな私のような、「グローバリズム」に懐疑的な人だけではなく、

深く考えずに、「グローバルすなわち明るい未来」と思っている諸兄たちに、

ぜひ読んでみてと薦めたい一冊がこれ。

『グローバリズムという病』(平川克美、東洋経済新報社)を読んだのだ。

 

 

 

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