答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「80点」から

2014年07月29日 | 土木の仕事

「(※)80点を(取らせること)なんか簡単ですよ」と某氏が言う。

「へ~そうなんだ」と私は思う。

もちろん私の感覚からすれば、高知県内に限ってみても、全工事の10%にも満たない評定点をゲットすることが、簡単であろうはずはない。

だが、「いやいや簡単ではないですよ」、という言葉を飲みこんで話しをつづける。

「簡単だ」という人に、「簡単ではない」ということをわかってもらう必要性が、さしあたって私にはなかったからである。

 

 現在進行形の「現場」で悪戦苦闘する人からは、なかなか出ない言葉だと私は思う。

もし、「現場の人」がそういう類の言葉を、それこそ「簡単」に口にするのであれば、

私はその人を、おいそれと信用しない。

(あ、「簡単」だと思っている人には実際に「簡単」かもしれませんね。ようは簡単に口にするかしないかという簡単な理屈 (^^ゞ)

 

某氏とは「現場の周辺の人」を指していて、

特定の個人ではない。

(あ、2人ほど、思い浮かべて書いてますが... (-_-;))

いいかげん、「わかったつもり」の「現場の周辺の人」に頼らずに、

現場の人間が現場に拠って立つ自分の頭と身体で考えてみたらどうかと、私は言いたいのである。

ことは「80点」だけの問題ではない。

誰か外の人に、何処か他所の人に、教えを乞う。

そのこと自体は悪くない。

いや、むしろ奨励されるべきことだろう。

だがそれを、「現場」をリスペクトしない人に求めれば、必定、辛いのは「現場の人」である。

「じゃあそれはどうやって判断するのよ」という問に対するひとつの答えが、「80点」への態度もしくは考え方だと私は思う。

現場をリスペクトする人は、そして他人の現場に想いを馳せることができ得る人は、

生半なことでは、「「(※)80点を(取らせること)なんか簡単ですよ」という言葉は吐けない。

 

私は、そういう人(たち)の話しを眉に唾つけて聴くことにしている。

得てして、「わかった」という言葉は、「わかったつもり」の人からしか出力してこないことを経験的に知っているからである。

だがその一方で私は、眉に唾つけながらも真剣に聴く。

得てして、そういう人たちは、私(たち)より多くの事例を見聞きしていることにより、

話しのそこかしこにヒントが潜んでいるからである。

 

で、おのれに言って聞かせるのだ。

そこから先は環境にフィットさせるようにアレンジせよと、

つまり、自分の頭と身体で考えて、

自分の環境に翻訳せよと。。。

 

繰り返すが、ことは「80点」だけの問題ではない。 

私はもっと本質的なことを言っているつもりである。

たかが、されど。。。。

おもろうて、やがて悲しき80点。

(調子にのって「簡単やで」とか言う私と、どこかで遭遇したら、頭をひっぱたいてネ ^^;)

 

 

※80点

 公共建設工事では、ある一定金額以上に否応なく工事評定点がつき、

 多くの発注機関では優良工事たる対象が80点以上である。

 (私が見聞きしたところ、プラス5点つまり85点以上という基準を採用している自治体もあるが、象徴として80点としておく)

 そしてその工事評定点というやつが、企業ならびに技術者の評価となり、 それが加味される入札もある。

 つまり、おもろうてやがて悲しき80点なのである。



 

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