答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

内田樹の「おとな比率7%論」

2014年06月27日 | 読む(たまに)観る

 

街場の共同体論
内田樹
潮出版社

 

今の日本は「おとな」比率が5%に近づいており、そしてそれは危険水域なのだと内田さんは言う。

では、安全な「おとな」比率とはどれぐらいか、というと、

15人にひとりくらい、つまり7%くらいなんだそうだ。

おっといけない。まず肝心なのは「おとな」の定義である。

いや、「おとな」とは、を理解するその前に「こども」とは、だな。

 

「道路に落ちている空き缶」を拾うのは、誰にとっても「自分の仕事」ではありません。自分が捨てたわけじゃないんですから。そんなものは捨てたやつが拾うべきであって、通りすがりの人間にそんな責任はない。それも理屈です。そういうのは「みんなの仕事」ではあっても、「自分の仕事」ではない。そう考えるのが「こども」です。(P.104)

 

だということは、「おとな」はすなわち正反対の行為をする人。

もちろん、この場合の「道路に落ちている空き缶」は比喩であり、ここで論じられているのは社会システムの問題である。

 

「こども」は、システムの保全は「みんなの仕事」だから「自分の仕事」じゃないと思う。

「おとな」はシステムの保全は「みんなの仕事」だから「自分の仕事」だと思う。その違いです。それだけの違いです。(P.105)

 

この、

「みんなの仕事」だから「自分の仕事」じゃない

「みんなの仕事」だから「自分の仕事」だ

との対比で解く「こども」と「おとな」の差異に、私は深く納得する。

そしてその上で、でき得れば私は「おとな」のほう、

すなわち7%に入っていたいと思うのだ。

 

消費者マインドと市場原理を深々と内面化したせいで、最低限の学習努力・労働努力で成果を上げることをめざし、競争のためにはまわりの人間の足を引っ張るのが合理的だと考えるような子供たちが、そのまま成長して、そのまま加齢して老人になる。このときに、日本はほんとうに「おとなのいない国」になってしまうでしょう。それはもう安全でも豊かでもない国になるということです。(P.111)

 

 

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