答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

渓でコケて考えたこと

2014年06月04日 | 土木の仕事

きのうのつづき、今日は真面目に行ってみる。


「なんでコケた瞬間を撮らんがよ!!」

という指導を入れたのはウソ偽らざるホントのことだが、

もちろん顔は笑っていたし、

その場面でバシャバシャと写真を撮る感性だったとしたら、

そんな人とは付き合いたくないと思う。

言い換えれば、「その瞬間」にする(考える)ことが、撮影だったとしたら、

人として、こんなに哀しいことはない。

これが私自身の心持ちとしての大前提ではある。

それを心持ちの大前提として、あえて正反対のことを書く。


この間、私にもようやく孫というやつが出来た。

その孫と、我が妻と娘の嫁ぎ先のお義母さんとが、まず二人して初対面した折り、

嬉しくてじ~っと見つめていた(らしい)二人は、

その姿をカメラに収めることもせず、

速報を待ちかねていた皆に非難される、ということがあったのだが、

私はそれで良いと思う。

というか、むしろそれが至極健全なのである。

なんでもかでもに、まずスマホを構えるという昨今の風潮は、

「ブログのネタ」のために、いつもカメラを持ち歩いている私が言うのもなんだが、どこか病んでいるとさえ思うのだ。


そして、それらを踏まえてなお私は、

「今という時代」の土木技術者は、「コケた瞬間の写真は撮るべきだ」と書いてしまう。

そういう私とて3年前、

台風で被災した国道493号の応急復旧に携わっていたちょうどその時、

轟音を立てて崩れ落ちる山や倒れる木を眼前にして、

写真を撮ろうという気にはならなかった。

いや正しくは、人の生き死にが懸かった場面で、現場の責任者たる自分がそんなことはすべきではないと、自重した。

ファインダー越しに見てしまうと、どこか他所事になってしまって正常な判断が出来なくなると、そう思ったからである。

だが今となっては、あれは間違った判断だったと思っている。

こと私だけに限ってはそれで良かったのかもしれないが、現場の記録やその情報発信という側面から見ればNGなのである。誰かを記録係として指名し、その任に当たらせれば良かったのだ。

いたずらにヒロイックになるばかりに、貴重な記録を残せなかった。

そういう反省が、今の私にはある。

 

いやはや、「測量中にコケて水没しかけた」という笑い話に過ぎないネタが、とんでもなく大げさになってしまった。

言わずもがなではあるが、「コケた私」は比喩としてとらえてほしい。

ということはすなわち、私は大真面目である。

もちろん臨機応変でなければ、どうしようもないのだが、

管理記録としての工事写真だけではなく、それ以外の写真を現場の記録として撮るというその積み重ねが、一人ひとりの現場や仕事に、有用なものになると私は思う。

「ワシ、そんなの昔からやってるもんね」という方には釈迦に説法だったかもしれない。

また、「なにをコジツケとんや」という方は、一笑に付してほしい。

以上、「コケた私」を省みて考えたこと、である。



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