答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

過去から学ぶ

2014年04月19日 | 土木の仕事

 

『公共調達制度の変遷と公益に資する適切な制度設計に関する研究』(山川貴大、神田佑亮、藤井聡)

http://transm.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/images/stories/PDF_1/Fujii/201304-201306/keikakugaku_yamakawa_48.pdf

という論文を読む。

 

 本研究では、明治初期から今日に至るまでの我が国の公共調達に関わる歴史的変遷を追うことによって、公共調達制度に具備すべき機能を整理した。また従来取り締まるべき対象として論じられてきた「談合」についてもその歴史的経緯を整理した。

 

という論文である。

読み終わり、私(たち)は、近現代史から学ぶことをおろそかにしているな、とつくづく思う。

今を生きる私(たち)は、進化や進歩の結果として今があり、過去は今よりすべからく劣っているのだ、という錯覚を持ちがちで、

今、抱えている課題や問題は、今、ここに生きている人間が固有に抱えているものであり、近現代史のなかでは一顧だにされなかったものなのだ、などという勘違いを持ちがちなのである。

というか、得てしてそんなことにさえ思いが至らない。

「過去の延長線上に未来はない」、などとエラそうな言い草を繰り返す私はしかし、過去を否定する人などでは断じてなく、「先人たちが営々と築いてくれた過去に拠って立つ、けれど」という括弧書きを必ずつけるように努めてはいるのだが、

これまたエラそうに言うだけで、考えてみれば、それほどすすんで過去(特に近現代という過去)から学ぼうとはしていない。

もちろん、進取の気性に富むことは、良い技術者の必須条件だと私は信じているが、なまじテクノロジーなぞに関わった仕事をしていると、過去をないがしろにはしないまでも、今のほうが断然優れているのだと、そう思い込みがちである。

過去より今のほうが程度がいい、なんていうのは勘違い、あるいは幻想でしかないのだ。

私が住むこの公共建設という業界にもまた、試行錯誤の歴史があり、良い知恵を持ちそれを実践していた人たちが居たことは、けっして忘れてはならんのじゃないかいな、とかなんとか思いつつ、

『公共調達制度の変遷と公益に資する適切な制度設計に関する研究』という論文を読んだのである。

http://transm.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/images/stories/PDF_1/Fujii/201304-201306/keikakugaku_yamakawa_48.pdf



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

    発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加