答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『もはや、これまで 経綸酔狂問答』(西部邁、黒鉄ヒロシ)を読む

2013年12月09日 | 読む(たまに)観る

 

もはや、これまで 経綸酔狂問答
西部邁、黒鉄ヒロシ
PHP研究所

 

「今日は猿が仙人に森羅万象についてお尋ねするためにノコノコやってきました」

という黒鉄さんの言葉から始まる対談。

西部邁が「仙人」であるということについて異論はないが、

もう一方の主役たる黒鉄ヒロシが「猿」ならば、

読んでいる私なぞは、さしずめミジンコか、はたまたミトコンドリアか。

「老人二人のシンポジュウム」(あとがきより)のあまりの面白さ、かつハイレベル。

例えばP.228~229のこのやり取りである。


 

黒鉄▶僕は、とりあえず下半身で考えてみるんです(笑)。ほとんどの考え方は、固定観念から逃れられないですよね。固定観念から逃れる方法がバレです。江戸川柳では艶笑句のことを「破礼句(ばれく)」といいますよね。そのバレです。行き詰まったときにバレを持ち出せば、ほとんどの解答と逃げ道がそこにあるはずです。

 

 しかめつらしい会議が行き詰まるのは、たいてい、櫓を組むためにみんなが規格品の木材を持ち寄っているからです。そうするとまともな櫓ができますが、答えは一つだけです。そこへ変な木を一本入れると、いきなり思わぬ方向に倒れる。そこから新しい展開が見えてくることがあるのではないでしょうか。


西部▶先ほど円のことを言いましたが、ここでまた理屈っぽい話をすれば、自分の頭のなかがどうなっているかと考えると、目的や意識はどんどん上のほうへと上がっていくように思えるのです。ところが、自分の身体のことを考えると、感覚のことをめぐって、下へ下へと下がるような気がします。つまり、僕の目的や意識と身体を縦軸上に表せば、目的や意識は上へと延び、身体や感覚は下へと延びているということです。

 また、黒鉄さんの言っていることと僕が言っていることは同じだなと思うこともあれば、明らかに違っていることもあります。そのような同一性と差異性を横軸上に表せば、左へ行くほど同一性が大きくなり、右へ行くほど差異性が大きくなるわけです。

 このような縦軸と横軸で一人の人間を表すことができるのではないかと思う。たとえば、僕はたいした能力のある人間じゃないから、上がるのもそこそこにしておこう、下るのもそこそこ、同一もそこそこ、差異もそこそこにしておこうとするなら、それをくるっと曲線で結べば、円らしきものができるのではないか。ひょっとしたら自己納得とか他者説得というのは、その程度のことなのかなと思うのです。


ボウズ頭を掻きむしりつつ、ついていくのが精一杯の私である。

こうなりゃついでだこの次は、おそらくはこの書の題名の由来であろう、

『三酔人経綸問答』(さんすいじんけいりんもんどう)の著者である中江兆民を書いた、

『中江兆民ー百年の誤解』(西部邁)を読んでやろうと、

さっそく「密林」に注文した次第である。

 

中江兆民―百年の誤解

西部邁

時事通信出版局



 

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