答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『強靭化の思想』(藤井聡)を読む

2013年11月10日 | 読む(たまに)観る

 

強靭化の思想
藤井聡
扶桑社

 

『強靭化の思想』(藤井聡、扶桑社、Kindle版)を読む。

 

だからこそ、今求められているのは、過剰な自由競争の進展に歯止めをかけ、建設業そのものを「保護」することなのだ。

繰り返すが、それは決して、建設業者の利益の確保が目的なのではない。

それは民の利益を守るためにこそ求められているのだ。

この視点をなくした公取の過剰な活動は「暴走」という言葉でしか表現し得ぬものにしか過ぎない。だからこそ我々日本国民は、そんな暴走を何とか食い止め、国民自身の利益確保のために建設業を「保護」しうる諸制度の探求を速やかに始めればならないのである。(P.59)

 

拍手。パチパチ。素晴らしい。

が、だからといってその建設業の末席に加わる私自身が、この言に酔い痴れていただけでは、結局のところ、「どこかの誰かさん(たち)が私(たち)を追い詰めているから・・・」という他責の念から脱け出すことはできない。

だとしたら、そんな私が持ち続けるべき心持ちは、

 

そもそも日本を「変える」ことが出来るのは日本の「外側」にいる日本「以外」の存在だ。日本の「内側」にいる者は、日本を「変える」ことなんてできない。日本の「内側」にいる者ができるのは「自らが変わる」ことだけなのだ。(P.234)

 

という、これまた本書から引用したこの説の、「日本」を「公共建設工事という世界」に置き換え、


そもそも「公共建設工事という世界」を変えることが出来るのは「公共建設工事という世界」の外側にいる「公共建設工事という世界」以外の存在だ。「公共建設工事という世界」の内側にいる者は、「公共建設工事という世界」を変えることなんてできない。「公共建設工事という世界」の内側にいる者ができるのは「自らが変わる」ことだけなのだ。


と自らに言い聞かせながら日々を生きるということなんだろうな、とかなんとか思いつつ、

『強靭化の思想』(藤井聡、扶桑社、Kindle版)を読んだ。

 

 

 

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