答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

鳥瞰する人

2013年05月27日 | 読む(たまに)観る

 

司馬遼太郎が考えたこと〈15〉エッセイ1990.10~1996.2 (新潮文庫)
 
新潮社

 

「私は私事や私情を文章にしないように心掛けてきた」

とは司馬遼太郎さんが書いた文章の一節(『司馬遼太郎が考えたこと15』P.41)

まさか、大司馬遼太郎とおのれを比べるつもりもないし、比べるべくもないのだが、

このようにして、日々「私事や私情」をWebに書き散らかしている私は、いっとき、消え入りたいような念にかられてしまったのである。

 

別に何を考えて、というわけでもない。

唐突に、久しぶりに司馬遼太郎でも、という気になっただけで、『司馬遼太郎が考えたこと15』(新潮文庫)を読んでみた。

「15」というからには当然1から14までがその前にあって、それなのに全15巻のうちの最後から読み始めることに特別な理由はなく、単に私がへそ曲がりなだけなのだろう。

ま、この読み物自体がエッセイ集とでもいうようなものなのだから、どこから読んでも不都合はないのだが、いかな曲がり者の私とて、まさか終いから順番に読むわけにもいかぬので、『司馬遼太郎が考えたこと15』(1990.10~1996.2)を最初から読んだ。

 

「そう言えば・・・」と気がついた。

先日、とある方から、「あなたはものごとを鳥瞰することが出来る人間である」といった類の言葉をいただいた。

笑わないでほしい。私とて、そんな褒め言葉をもらった日には、穴があったら入りたい。

私にとって、鳥瞰という言葉から想像する人は、すなわち司馬遼太郎なのである。

「久しぶりに司馬遼太郎でも」というキッカケは、たぶんそんなところにあったんだろう。

こうなれば、1まで行き着くかどうかはわからないにしても、飽きるまで読んでみようか。

ま、次が「14」だということだけは間違いがないだろうがネ。

 

 

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