答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

勘違いという名の自覚

2013年03月22日 | ちょっと考えたこと

町内某所で、町内在住の青年、T君が私を手招きする。

(もちろん、北川村民たる私が「町内」というのは、勤務先の所在地たる奈半利町だ)

ずいぶん前から、このブログの読者であることを広言してくれている、というだけで、私にとってはすこぶるつきのイイ人である。

なんだべなと近づくと、その手には本が3冊。

そのなかの一つには「贈与」という文字が踊っていて、

なんと、「宮内さんに影響を受けて勉強をしてるんです」と言う。

しかも、「パッサーになるために」とも言うではないか。

明らかに彼は「勘違い」している。

私のメッセージが、自分に向けられた贈り物だと「勘違い」している。

しかしその、「勘違い」という名の自覚は、まったくもって正しい。

そして、「贈与」を受けたものには「返礼」の義務があり、それは贈与者に返せばそれでいいというものではない、という理(ことわり)を理解したからこそ、パッサーたらんとするその意思表示も、まったくもって正しいと私は思う。


あらあらどうしましょ。

と、思わぬところで思いもかけない告白を受けた私は、感謝と激励を込めて、「がんばりや」と言って別れたが、

うれしくて、「ボチボチとね」と、肝心な言葉を付け加えるのを忘れてしまったのである。

 

 

私は贈与を受けた。

それゆえ、反対給付の義務を負っている。

けれども、贈与は贈与者にそのまま送り返すことができない。

それは「次の受け取り手」に向けてパスされなければならない。

贈与されたものに対する反対給付義務の遂行とは、「等価のものを贈与者にお返しして、チャラにする」ことではない。

反対給付義務は、「自分自身を新たに贈与者として立てる」というかたちで遂行するしかない。自分自身が新たに贈与者となることによってはじめて、非贈与者であることの負債から開放される。

『内田樹の研究室』2010.1.9「コピペはだめだよ、について」より

 

 

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