答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『保守思想のための39章』(西部邁)を読む

2013年03月16日 | 読む(たまに)観る

 

保守思想のための39章 (中公文庫)
西部邁
中央公論新社

 

食ったもの(呑んだもの)をアップした次の日に、読んだ本を紹介する。

となれば、晒しもここに極まれり、てなもんであり、「なんだかな」と思う気持ちがないでもない。

ならばどうして?という話しになるのだが、(今回の場合は)単純に、ブッタマゲてしまったから、とこういうわけである。


蛍光ペンで真黄っきとなり、折り目だらけとなったページの数々が、私の興奮ぶりを表している。

「本人としては、平易な日本語で、保守思想の(神髄とはいかずとも)妙味を語り終えたと考えていた」と、西部さんは「あとがき」に書いているのだが、なかなかどうして、(少なくとも)私にとっては、「平易」なんてものではとうていなく、やっとこさ読了した、というのが正直なところ。

ここに書かれている「保守思想」の「保守」とは、政治における「保守革新」(古いか?)の「保守」ではなく(もちろん「政治」というものをまったく無視しては語れないのだろうが)、私(や、たぶん大多数の君やアナタ)が思い描いてきたところの「保守」とは、まったくもって違う代物で、

そんな単純なことも含めて、凄い本だなと素直にそう思うからこそ、「ブッタマゲてしまった」なのである。

 

保守思想が議論を通じて探求するのは、葛藤し合う諸価値のあいだの平衡(もしくはそれらの総合)である。(P.118)

 

対立する二つの価値の意味するところをそれぞれを最大限にまで引き延ばすのでなければ、平衡は折衷に陥る。つまり価値をめぐる精神の活力を縮小させた上で両者の妥協を図る、という退嬰の態度にはまる。(同)

 

何をもって精神の上等と下等を区別するのか。いろいろな言い方が出来るが、おのれに懐疑を差し向けているか(それともおのれに満悦しているか)、様々な価値の葛藤のなかで平衡を持そうとしているか(それとも特定価値のみを追求して不徳にはまっているか)、近代主義を歴史の英知によって批評しているか(それとも近代主義を奉じつつ歴史の破壊に喜びを見出しているか)、といったようなことになる。(P.206)

 

「根源的」という意味において、西部さんの説く保守思想はラディカルであると私は思う。

「称賛語としてのラディカリズムは急進主義のことなのである」(P.128)と西部さんは言うが、

少なくとも(ひょっとしたら急進主義者であると目されているかもしれない)私は、若いころのある時期から、「称賛語としてのラディカリズム」を、「根源的」な人や考え方に対して(自分自身のなかでは)与えてきた。


「う~ん、ラディカルやなあ」


いささか乱暴にすぎるかもしれないが、結局のところ、この本をひと言で表すと、(私の場合)こうなるのである。

 

 

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