答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

足止めをくらった車中で考えたこと

2013年02月13日 | 土木の仕事

 

時間規制通行止めに引っかからないようにと、頃合いを見計らって出て行った途中、考えていたとは別の場所で足止めをくらってしまう。

そういえば...と思い浮かべると、たしかに、告知する看板が事前に出されていたようだ。

「しかし見ないんだな、コレが」とかなんとか独りごちながら、別の現場の規制時間表をながめ、「アッチでも止まるな、こりゃ」と、また独りごちる。

一瞬、イラッとした感情が湧き上がるが、同業者のこととて文句を言うわけにもいかない。

それにだいいち、2つの現場の業者さんそれぞれに、事前の告知はしているし、一社はFAXで詳細を送ってもくれているのだから、手続き的にはなんの落ち度もないのである。

それに何より、そういう私自身が、いつ何時、フロントガラスの向こうに見え隠れする側になるのかわからないのだし、立ち位置が向こう側にあるとき、罵声を浴びせられたことも一度や二度ではない身である。

「そういやそうやったわなあ」と、所在無いのをいいことに、来し方を振り返ってみた。

クレームをつけられ謝りながら、下げた頭のその中で、「オレらなんか悪いことしたか?」と反芻したこと。

煮えくり返った腸をなだめながら、「アンタらのために仕事しちゃっちゅうがやろ。我慢するのがアタリマエやないか?」と声には出さず思ったこと。

とかなんとか、てんで良くない思い出を2、3思い出したあと現実に目を戻すと、今この時、私の前後につらなる1台1台は、(私を含めて)それぞれに仕事を持っていて、仮に格別仕事がなかったにせよ、ほとんどの人が、到着地を決めて道を通っている(はずだ)。

そりゃあ止められて良かろうはずわないわな。と、考えてみれば至極当たり前のことに、当時は思いが至らなかった。

「バッカじゃなかろかルンバ」と言われるのは承知で白状している。

一方で、止めなければ出来ない時には止めなければ出来ない。怒られても嫌われても、やらなければならぬことはある。私たちの「公共土木という仕事」は、往々にしてそういうものである。

そうかといって、かつての私のような態度は厳に戒め、可能な限りの努力はするべきだと思う。

それは時として、自分で自分の首を締めることにもなるし、いくら努力をしたからといって、心構えが変わったからといって、「止めている」という事実に変わりはないのだから、そのことが免罪符になり得るわけでもない。

最後は、開き直ってやらねばならないことが、ままあるのだ。

久々につらつら書きつらねてみたが、これも通行制限に引っかかったお陰である。

要は、自分自身の立ち位置が変われば、施工業者から何者になるのかという感受性を、常に忘れぬようにということが基本なのだと、私は思う。

(もちろん自戒を込めて、ですが)

 

 

   

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