答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ギリギリの工程にチャレンジ? あ、私それやめました。

2012年10月05日 | CCPM

同じ業界に住む知人(先輩です)に、

「アレまだやってるんでしょう?ギリギリの工程にチャレンジっていうやつ」

と訊かれた私が、即座に、「ああアレ、もう止めました」と答えると彼は、

「ええっ~!なんで?」と、のけ反りながら大仰に驚いてみせた。

その反応がやたらと可笑しくて思わず微笑んでしまった私は、おもむろに、

「あ、すんません。”ギリギリの工程にチャレンジ”っていうのを止めただけで、アレはやってますよ。止めるわけがないじゃないですか」と補足する。

アレとはもちろん、CCPMのことである。

そして、「インパクトあったもんなあアレ」と、おのれの来し方を振り返り考えてみる。

この場合のアレとは、”ギリギリの工程にチャレンジ的(解釈の)CCPM”のことである。

いつものことながら、ややこしい話しをして申しわけない。整理してみよう。

現在進行形の現場の進捗グラフを見てほしい。

 

 

このブログで以前、悪い例として紹介したことがある。

中盤で右肩下がりの進捗になり、やんわりと(しかし厳しく)私の指導が入った現場である。

しかしその後、余裕がありすぎるのを見なおしてゴールを前倒しにし(グラフ上でほぼ真っすぐ進捗線が上がったあたり)、意図的ににバッファを黄色の真ん中あたりに持ってきたあとは、イエローゾーンで推移するように工程を管理していっている。

良いではないかと思う。

この場合、何がいいってアナタ。中盤の良くない部分があるから後半が光るのだ。

「同じ現場は二度とない」私たちの仕事で、工程を組むという行為はそれほど簡単なものではなく、不確実なことだらけの中では、こんなことだって十分あり得る。

だから私は、この悪い傾向をして、「おかしいじゃないかい?」と指摘はするが、ミステークだとは思わない。

「振り返り」「気づき」そのあと修正すれば良いだけのことである。

その意味において、CCPMで管理(クリティカルチェーンでプロジェクトをマネジメント)するということはPDCAサイクルを回すと同義であり、

ギリギリの日数にチャレンジするために使うものではないと、私は考えている。

ギリギリの日数見積りを行い、見積もったその日数を実現するように心がけて、一つひとつのタスクがなぜ遅れたかで工程管理をするのではなく

(つまりゴールの前にあるプロジェクトバッファをなるだけ消費しないようにして工程を短縮するのではなく)、

挑戦的な日数見積りを行い、短縮可能なゴールをあらかじめ設定して、それに向かって適正に、ひとまとめにした余裕群(プロジェクトバッファ)を消費していく。

短縮できない場合は無理をせず、決められた納期をきちんと守るように、それに向かって適正にバッファを消費していく。

(だがそのプロセスでは「予算と時間はあるだけ使わない」ように心がける)

肝はゴールとバッファである。

それこそがCCPMのCCPMたる所以なのであり、けっしてリスキーな工程にチャレンジするため”ギリギリの工程にチャレンジ的(解釈の)CCPM”を目指すと得てしてそうなりがちに使うものではないのだ。

もちろんその一方では、私(たち)が昨夏体験したような、リスクを引き受ける覚悟がなければやれないような修羅場においても、CCPMは大きな威力を発揮する。しかしその場合でも、

 

優先順位はどれかを確認し、

何がリスクで何が余裕なのかをサビ分けて、

バッファの消費状態でその進捗を管理し、

リスキーな工期設定ではあるけれど、

「そのリスクはつぶせないのか?つぶすのにはどうしたら良いのだろう」と探りながら、

「見える化」して発注者と受注者で共有し、

目標として決めたゴールを達成する。


そういうことなのだと私は理解しているし、そうでないと疲れきって折れてしまう。

軟弱だと言われようと、「たっすいがは、いかん!」と言われようと、そう思う。

つづかなければ意味がないのだもの。


 

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