答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

芸を磨く

2012年09月26日 | オヤジのIT修業

昨夜、釜石の青木さんとFacebookでちょっとしたやり取りをしていて、

何かを伝えたいなら「芸を磨く」べきで、それは、伝えたいと思い定めた者に課せられた宿題なのだ、

というような趣旨のことを、エラそうに書いてしまった私。

ここであらためて、「芸を磨く」という意味を説明しておきたい。

なんでまた、というと、「芸を磨く」などという表現を私が使ってしまったら、

「あいつどうやら、夜な夜な(話)芸の稽古をしているらしいぞ」なんてことを思われかねないので、

「太鼓の稽古はするけれど(話)芸は稽古してませんよ」と承知してもらっておきたかったのである。

そうしておかないと、ただでさえ「あやつナニモノになろうとしているのか」などと思われている節がある私だ、

土木技術者兼太鼓打ちではあっても、土木技術者兼芸人ではないと、ひとまずここは打ち消しておこう。

さて本題。

私が「芸」と呼ぶものは、「伝えかた」である。

そしてそれは、なにも特定多数を前にした場所での話しに限定したものではなく、日常の業務における「伝えかた」(社内で地域で、えとせとら)も、その中には含まれているし(むしろ、そっちのほうがウエイトが高いかな)、

他人さまに対する「話し方」だけでもなく、文章における「伝えかた」もまたそうである。

そしてその文章とやらは、業務における文章もそうだし、こうやってブログに書き綴る文章もそう。「工事だより」の構成の仕方だって「伝えかた=芸」の範疇なのである。

その前提にたって、「どうやったら自分の想いが伝わるか」を考え、表現の仕方を学んだり工夫したりする。

それをして私は「芸を磨く」と呼ぶ、とこういうわけである。

「おまえの話し、けっこう泥臭いやんか。それにあっち行ったりこっち来たりするし...(だいいちすぐ感情的になる)」と思ったそこのアナタ。

「その泥臭いのも芸のうちぜよ」と見栄を切るほどに、私に「芸」があるわけもないのだが、

伝えよう(届けよう)として発信するあれやこれやは、伝わらなければ(届かなければ)意味がないのだ。

もちろん現実はそれほど甘くなく、伝わらない(届かない)日々を送っては溜息をついているのだが、

そこはそれ、それなりにではあっても、「芸を磨く」ことを諦めてはいけないのである。

 

 

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