答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

なんだかよくわからないもの

2012年06月24日 | 三方良しの公共事業

与えられた90分をしゃべり終えてから、何かが澱(おり)のように溜まっていた。

来場した同業者の皆さんは熱心に聴いてくれていたにもかかわらず、そして、

主催者の担当のかたには、「いやいやそれほどでも(^_^;)」と気恥ずかしくなるような、お褒めの言葉をいただいたのにもかかわらず、だ。

先週、木曜日のことである。

昨夜、ひょんなことからその原因に気がついた。

気づかせてくれた主は、ヒゲブチョーさんである。

 

そして、本日のお題、「なんだかよくわからないもの」については、

ひの師匠からTTPM したものである。(^_^)v

  『なんだかよくわからいもの』(『テンよし、ナカよし、シマイよし』2012.6.23より)

            http://ameblo.jp/higecivilpe/entry-11284631367.html#cbox


この私に「師匠」だなぞと呼ばれる資格があるかないかは置いといて、

さっそく彼がリンクしてくれた私の文章(2年半前の)を読み返してみた。


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「おぼんのような世界」とは、閉じた円環の社会であって、それは外から見れば「なんだかよくわからないもの」でしかない。

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つまり「おぼんのような世界」は自ら情報を発信(物語=プレゼンテーション)できないことで、好き勝手に解釈されている。つまり自ら情報を発信しない限り「なんだかわからないもの」は「なんだかわからないもの」のままなのであり、それは好き勝手に解釈されるものでしかないのである。

それを「好きにすれば」と言ってきたのが「おぼんのような世界」であったのだが、たぶんもう言えなくなってしまったのは、「おぼんのような世界」そのものが破壊圧力にあっているということなんだろう。

(『桃知利男の浅草的ブログ』より)

http://www.momoti.com/blog2/2008/06/post_251.php

 

「なんだかよくわからないもの」から脱け出すことはできる。そしてそれを可能にするのは、デジタル(Web)とアナログ(現場)と両方からの、地域社会へ向けた情報発信からでしかない。

発信の形や方法について、ワタシが正解を持っているわけではない。それどころか、ワタシはTTPM(テッテイ・テキニ・パクッテ・マネル)などと冗談半分で言ってるとおりに、模倣からしかスタートすることができない半端者である。

それは現場周辺で形を伴って表わされるのかもしれないし、こうやってWeb上で表現されるものなのかもしれない。いずれにしても、そんななかでの「発信」が玉石混淆なものになるのは致し方がないことだろうし、本物もあれば偽物もでてくる。そのことに対して批判をするのは、とりあえずのところ、あまり重要なものだとワタシには思えないのである。

ただひとつだけ確信をもって言えることは、「地域社会に(自らすすんで)発信する」ということが、ワタシたちが仕事をするうえで、「モノづくり」と同列に置かれなければいけないということ。

そのことによって、ワタシたちは「なんだかよくわからないもの」から脱け出すことが出来得るのではないだろうか。

 

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いや、忘れていたわけではもちろんない。

今でもこれが、私の拠って立つところであることは間違いがない。

どころか、この当時よりはるかに切実に、そのことを実感している。

問題は伝え方である。

ここんところを省略していては、私が他人さまの前に立つ意義はないのだ。

 

「オイ、しっかりせえよ」と、杜の都からパンチが飛んできた。

ヒゲブチョーさん、ありがとう。

かくしてモヤモヤは晴れたのだよ (^^♪。

 

私は私と私の環境である。そしてもしこの環境を救えないなら、私も救えない。

                              (オルテガ・イ・ガセット)

 

 

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