答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

覚悟

2012年04月11日 | CCPM

CCPMを導入しかけて挫折したという、とある経営者と話す機会があった。

そこで浮かんだある思い(というか今までも感じていたことだが)。

例の、「やりがい・はりあい」「ワクワク」「うるうる」etc・・・という、(日本の)CCPMを語るうえで(というか売り込むうえで?)欠かせないキーワード。

じつは上手く行かなかった原因のかなりの部分は、導入しようと思ったキッカケたるこのキーワード群と、それに乗せられる心持ちと表裏一体としての「あ、オレわかったんだもんね」というスタート地点にある(かもしれない)、という思いである。

実際に始めてみると、そんなキレイゴトでは片づけられないことのほうが多いのであって、

考えてみればそれは、CCPMに限らずなんだってそうなのだが、哀しいかな、乗せられているときはそれに気づかないか無視してしまう。

もしくは、「わかった」と思いこんでしまうということだろうか。

そして「わかった」をスタートにした行き着く先は、往々にして「わからないからや~めた」となる。

そりゃ私だって、ワクワクしたいし、いつも心に「やりがい・はりあい」を持ちたいし、「わかっちゃったよオレ」てなふうに仕事をしたい。

しかし、(少なくとも私の周りの)現実はもっと、地道で黙々として普通で淡々として「わからない」もの(のような気がする)なのだ。

とはいいつつこんなことを書いている私自身が、「やりがい・はりあい」「ヤル気バリバリ」「ワクワクうるうる」の感動物語に乗せられた当の本人なのだから、ナニヲカイワンヤのような気もするが、「わからないけどやる」という姿勢では臨んできた(たぶん)。

だからといって、「アンタがどんだけの成果をあげてるのさ」と問い詰められた日にゃ、ニコニコボリボリと頭をかくしかない私だが、

「わからないけどやる」という覚悟は、持ち続けたいと思うのである。

 

「わからない」をスタート地点にすれば、「わかった」はゴールである。スタート地点とゴール地点とを結ぶと、「道筋」が見える。「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に書くことなのである。「わかる」ばかりを性急に求める人は、地図を見ない人である。常にガイドを求めて、「ゴールまで連れて行け」と命令する人である。その人の目的は、ただゴールにたどり着くことだけだから、いくらゴールにたどり着いても、途中の道筋がまったくわからない ー だから、人に地図を書いて、自分の通った道筋を教えることができない。

(『「わからない」という方法』橋本治、集英社新書、P.12)

 

「覚悟」ってほどのもんでもないか (^_^;)

  

 

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