答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「三方良しの公共事業推進カンファレンスin仙台」から帰って考えた

2012年03月02日 | 三方良しの公共事業

 

宮城県内を車で移動中。

ポツンと立つ一つの看板に目が止まる。

隣に乗っていた橋邉さんも気がついたのか、「建設業者は入ってないっちゃねえ」とポツリ。

「作為的なのかなあ」と私は答えたのだが、おそらくそんなつもりはないだろう。

私たちが目を止めたその看板には、「自衛隊さんありがとう。警察官さんありがとう」と書かれていた。

 

いつもいつでもどこにいても、「発信せよ」という私はしかし、かつては私(たち)の仕事が持つ「無名性」が嫌いではなかったし、今も心情的にはよく解る。

  だけど俺達いなくなりゃ

  ビルもビルも道路も出来ゃしない

  誰も分かっちゃくれねえか

      (『山谷ブルース』岡林信康)

「あとは焼酎をあおるだけ」、てなもんなのだ。

 

 

その前日、仙台の深松社長は、役所と建設業者がチームワークで事にあたった救援や応急復旧の生々しい様子を発表してくれた。

同じ日、国交省東北地方整備局の川嶋部長からは、「くしの歯作戦」を始めとした震災直後の奮闘努力についての講演があった。

しかし、震災直後から「ネタあつめ」と「ドラマづくり」に奔走したマスコミは、これらの「ドラマ」については全くといっていいほど無視してきている。厳然とした事実として、建設業者がその中心にいたにもかかわらずだ。

領民に慕われていた(らしい)吉良上野介義央が、400年経った後も「悪者」と決めつけられているように、「悪代官と越後屋」が、じつは誰よりも真っ先に苦境に立ち向かったなどというストーリーは、彼らのお気に召さないのだろう。

言わずもがなのことではあるが、「悪代官と越後屋」は役所と建設業のことではない。私は、建設業がそういうふうなステレオタイプで、勧善懲悪の決まりきったストーリーと同じ場所に閉じ込められているのではないかと考えているのだ。

深松さんは、「建設業は普段は”町医者”、災害時は”救急救命医”」だと語った。まったく同感である。しかし、そのことに対する同意は残念ながら一般的には得られていないのではないだろうか。

それならば、どうすればいいのか。

私(たち)は自分(たち)で物語を紡ぎ(捏造はダメよ)、私(たち)の言葉で語らなければならない。

そしてその発信は、内向けではなく、外部に向かって語る(ホントの意味での発信)という形にならなければ、本来の目的を達することは出来ないのだ。

その文脈からいえば、毎年繰り返される「三方良しの公共事業改革推進カンファレンス」での素晴らしい事例や発表は、井戸端会議のデカい版でしかない。

批判ではない。なんとなれば私は、当事者の一人である。私が言いたいのは、「ではどうしたらいいのかを考えてみましょうよ」ということなのである。

「じゃあ誰が先頭にたってやるのさ」と問われても、「ワシやがなワシ」と手を挙げることなどさすがの私も出来ないし、ことはひと握りのスターの存在でどうなるという類の問題でもない(あ、言っときますが私がスターという意味じゃないですよ、念のため)。

「考えてみましょうよ」という対象は、アナタでもあるし私でもある。経営者でもあり従業員でもあるし、役人でもあり政治家でもある。この業界の構成員一人ひとりなのである。

 つまり「なんだかわからないもの」でしかない建設業という共同体にとって、円環の中で繰り返す会話だけでは、もはや「私」も「われわれ」も救えない。(桃知利男)ということである。

そうだからこそ、私の選択肢は「たたかえ、えぶりばでぃ」だったのだし、今は「笑顔でたたかえ、えぶりばでぃ」なのだろうと思っている。

何も誰かと「たたかえ」と言っているのではない。

「ワシ何とかしてみるんだもんネ」という心持ちのあり方こそが、今を生きる地場中小零細建設業の「ふぁいてぃんぐ・すぴりっと」なのだ。

ローカルに生きる生身の私やアナタが出来ることは、それほどには多くないし、身の丈を外してしまえば拠って立つ場所をなくしてしまう。

一人ひとりが自分の持ち場で、「笑顔でたたかえ、えぶりばでぃ」なのである。


 

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コメント (6)
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