答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ふたたびエルシャラカーニ

2012年01月23日 | 北川村

 

初めて観るエルシャラカーニ。

うしろの方で立ってみている私の横に、すっと並んできたのは女房殿である。

「なんでオレの横へ来たが?照れるぜ」

夕餉を共にしながらそう訊く私に、

「ウケるところが一緒やき」

と単純明快な彼女である。

もちろん、27年前からそこんところの感性が同じであったはずもなく、

長い時間をかけて、いつの間にかどちらともなく似かよっていったというのが本当のところだろうが、ことほどさようにウケるウケないというのは人それぞれなのだ。

さて、エルシャラカーニである。

いくら私が「町内会的」な身びいきで褒める人間であっても、

まったくイケテないものを「このコンビ、この先そこそこイケるんではないか」と言いはしないし、

まったく面白くないものを、「オモロイやんか」とも言わないのであって、

そこはそれ、何となく確信めいたものがあってのことなのだが、

いくらなんでも昨日のような、ちょっと特殊な環境に置かれた彼らを持って判断するのは、良いも悪いもフェアではないなと、

webで動画をチェックしてみた。

やはり私は、このコンビのスタイルが嫌いではない。

ひとつだけ、オヤジの注文である。「お笑い」に関しては門外漢なので、適当に聴いてもらったらいい(もしこの文が目にとまれば、だが)。


(※)「笑いとは緊張の緩和である」(エマニエル・カントもしくは桂枝雀)


当然のことながら、これは原理であって、「緊張」と「緩和」の体現は人それぞれである。

あからさまな「緊張」に、わかりやすい「緩和」ということもあるし、

ゆるい「緊張の緩和」という表現もあるだろう。

「緊張」と「緩和」が規則的に繰り返される場合もあれば、

「緊張」「緊張」「緊張」「緩和」もあり、

「緊張」「緩和」「緩和」「緩和」もあっていい(このへんになるとアタシもちょっとアヤシイが)。

なんにしても「緊張の緩和」である。

そこんところがヨロシクなれば、ブレイクスルーは目の前、のような気がする。

いずれにしても、北川村出身の芸人さんである。

村の皆んなして、「オモロイやんか」と言ってあげようではないか。

 

髭男爵の片割れのほう(樋口さん)も飛び入り参加したきのうの講演会

 


(※)笑いについての研究

・18世紀

 ドイツの哲学者イマヌエル・カントは「笑いは緊張の緩和から来る」という有名な言葉を残した。

・20世紀

 日本でも、落語家の桂枝雀が、笑いは緊張の緩和によって起こるという「緊緩理論」を立てている。

    ウィキペディア-笑いーより

     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%91%E3%81%84

 

 

桂枝雀の「緊張の緩和理論」(1/6)

 


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コメント (4)
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