答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

やれば出来る

2011年12月21日 | ちょっと考えたこと

「やれば出来る」。かつて、何度この言葉を言われたことだろうか。

そう言われ始めるまでの私は、「やらなくても(そこそこは)出来る」子だったのだが、それが、「やらないから出来ない」となるのはたいていの場合の世の常で、そして、半端に「やらなくても(そこそこは)出来る」子だった過去を引きずっているから、「やったら出来る」などと勘違いしてしまうのもまた、よくあるパターンである。

しかしある時期から、どうやら自分は「やらないから出来ない」のではなく「やれないから出来ない」、つまり「やる」という能力が欠如あるいは未開発なのだということに気づいた私に、決まって大人たちは、「やれば出来るのに」と繰り返すのだった。

思えばそのころの私ときたら、「やらない」もしくは「やれない」自分のことは棚に上げ、「やれば出来る」という言葉に潜む無責任さに、反発するかシラケるかの毎日だったように思う。

ひょんなこと(というか自分の撒いた種)から、「やらざるを得ない」状況に追い込まれ「やってみたら出来た」、という些細な成功体験(それも自己満足だったかもしれない)を繰り返しながら、少しずつ自信をつけ(そうなると調子に乗るんだな、これが)、今ここに、50と4歳になろうとする私がいるわけだが、

齢(よわい)だけを重ねたからといって人間そうそう上等になれるはずもなく、今でも、「やらないから出来ない」とか「やれないから出来ない」オノレとの葛藤を繰り返す日々なのだ。

だから、「やれば出来る」と自分を鼓舞するのは簡単だが、なるだけそういう単純なアプローチの仕方はしないでおこうと決めている。ましてや自分以外の人に、「やれば出来る」などという無責任な言葉を吐くなど、私的にはノーグッドなのであるが、エラそうにそう考えつつも、ついつい言ってはまた反省する。


「やれば出来る」のだが・・・。

 

 

 

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