答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

処方箋「らしきもの」

2011年11月10日 | 読む(たまに)観る
ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ
デヴィッド・ボーム
英治出版

 

夕部さんが、「さしあげようと思ってプリントしてきました」と言って私の目の前に差し出したのは、1枚の紙。

そこには、「ボームのダイアローグ」と表題がつけられていた。

あとになって読んでみると、その内容は、私が私の成果や悩みを披瀝する前から、「そんなことはとっくにお見通しさ」というが如くで(ごていねいに朱線まで入っている)、

どんぴしゃりの命題をつきつけられた私は、「なんで?」と首をひねるばかりなのだった。

 

38 話し手と聞き手双方の意味はただ似ているだけで、同一のものではない。

47 誰もが異なった想定や意見を持っている。そうした想定や意見は、単なる表面的なものではなく、根本的なものである。

48 人は自分自身と自分の意見とを同一視する。人の意見は、自己の利益への投資に縛られている。

49 人が持っているさまざまな意見が、過去の思考の結果だという点は重要である。

49 意見に意義を唱えられると、まるで自分自身が攻撃されたかのように感じるのである。

71 最も問題な思考の一つは「必要性」である。必要なものには代替えがきかない。必ずそれでなければならないのだ。必要なということは譲歩できないということである。退けられないという意味だ。譲歩が不可能で妥協できない場合欲求不満になる。

72 必要性とは最強のエネルギーなのである。

72 こうした必要性の認識によって対立が生まれてくる。

72 深刻な議論はすべて、絶対に必要なものは何かという価値観の違いに関係している。

73 絶対必要に縛られる限り、邪魔となる相手を憎むようになる。

73 「これはそれほど必要でないかも知れない」と疑問が発せられれば対立は消え、新しい道を独創的に探ることが可能となる。そのためには自由でなければならない。

74 自分の好みに従って行動することが、自由である場合はめったにない。

147 長い間の習慣や条件づけがあるため、人は一般的に「基本的に、私は正しい」といった態度をとる。

 

一つひとつのセンテンスの頭にふられた数字はページ数なのだろうか。

どうやらこれは、『ダイアローグ 対立から共生へ、議論から対話へ』(デヴィッド・ボーム、英治出版)から抜粋されたもののようである。

どれ読んでみようかねと、さっそくアマゾンに注文した私だが、私の知的レベルでは、いささか難解に過ぎるような気配もする。

そんな私に、つきつけた当の本人は、「処方箋らしきものの一つです。毒かもしれませんが・・・・・・」と笑うのだが、

ままよ、「毒食らわば・・・・・・」である。

 

 

 

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