答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

経験を智恵にするということ

2011年09月05日 | 土木の仕事

 「やっぱ経験やな」とつくづく思うのだ。

 まだまだ知らなければならないことが多いし、もっともっと引き出しの数が多くなくてはダメなのだと。ことが困難になればなるほど、そう思うのである。

 そう言いきってしまえば、「じゃあ年数を積み重ねないと一人前にはなれないのか?」とか「やったことがない分野は、やらなければわからないのか?」ということになるのであって、それはそれ、ある意味ではそうなのだけれど、私が言いたいのはそういうことではない。

 「やっぱ経験」だからこそ、一つひとつの経験をあだやおろそかにせず、自分の血肉としていけよ、ということである(自戒を込めてネ)。そのうえであわよくば、他人の経験さえも自分の経験とすることが出来得るならば、経験工学たる「土木という仕事」のなかでも、少しぐらいは他人さまに先んじられるのではないかと思うのである。

 具体的にいえばそれは、 「経験を振り返りそれを可能な限り言葉で表す。徹底的に追体験することでそれは智恵となる」(田坂広志)ということである。

 それこそが、一つひとつの経験をあだやおろそかにせず、そのうえであわよくば他人の経験さえも自分の経験とする可能性につながる行為なのである。

 出来得れば、こうやってオープンな場でそれを披歴するにこしたことはない。しかしこのごろよくよく思ってみるのだが、そうはいってもアナタ、こんなことを誰も彼もがやれるものではないのも現実である(優劣とかいう問題ではないですよ、このことは後日改めてネ)。だから、こんなこととまでは言わないが、完全に閉じきった自分の心象のなかだけでさえなかったら、他人さまに対して「経験を振り返りそれを可能な限り言葉で表す」ことが出来たなら、それが血となり肉となって、やがて進化して「智恵となる」はずなのだ。事実、私はそう肝に銘じてきた。

 そういう私にしてからが、「やっぱ経験やな」とつくづく思うのだから、まこと「土木という仕事」は奥が深いのであって、それだからこそ面白い。 とはいいつつ正直に白状すれば、今の私が置かれている状況からすれば、「面白い」という表現はあくまで強がりであり、やせ我慢なのである。

 だってそうでしょう、そりゃそうだもの、「情報はポジティブに発信せよ」(桃知利男)なのだから。

 

 

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