答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

CCPMを「講義」する

2011年07月17日 | CCPM

 

月末に富山市で講演をさせてもらうことになっている。

1日に2箇所で、である。

最初は三方良しの公共事業について50分、あとのほうはCCPMをお題に90分。

こうやって時おりしゃべらせてもらうようになってから4年が経つのだが、最初は与えられた時間をめいっぱい使うことがつらかった。20分とか30分なのにである。

ところが今は、「どうやって縮めるか」という問題といつも向き合っている。今日もまた苦闘中なのである。

いつのまにか、というか自らが重ねてきた経験が積み重なるに連れて、せっかくだからアレもコレも伝えたいとばかりに内容が盛り沢山になり、当初は考えられない90分などという長丁場でさえ、「どうやって縮めるか」となるのである。

「三方良し」については、ある程度の場数というものを踏んできたおかげで、60分ならこれぐらい、90分ならこれぐらい、というメドがつく。しかし、「私と私のCCPM」を語るなど、そんなに他人さまに披瀝したことはなく、それこそ最低3時間は欲しいのである。

ということは必然的に、削ぎ落とす作業をしなければならないのだが、これがなかなか大変である。削ぎ落としようがないように思えるのである。しかし削ぎ落とさなければならない。

そうするとどうするかというと、「何にポイントをしぼるのか」、言い換えれば「優先順位は何か」、そこをまず決めなければいけないということに気づく。

なんだ、結局そこではないか。クリティカルチェーンでプロジェクトをマネジメントする。その実践者たる私が、そこのところを抜きにして物事を進めていては、他人さまにエラそうな顔をして語ることなど出来得ようはずもないではないか。

そうこうしているうちにまた気づく。

研究者でも学者でもなく、いち実践者にすぎない私の強みは何なのか。「検証する現場を持つ」というその一点につきるのではないか。であれば、その「現場」でもがき苦しんだ「あがきの足跡」をしゃべることからでしか、本質を伝えることは出来ないのではないか(少なくとも私は、だ)。

学ぶほどに、また知識が増えるほどに、ワシこんなに知ってるんだもんねと、いっちょ前に、理論理屈を格好良くしゃべってやろうかねと欲が出る。(たぶん)そうではないのだ。己の拠って立つところがどこなのかをきちんと見つめ直してみれば、それは容易に解ることなのだ。

いかんいかん、勘違いしちゃあいかんぜよ。

 

 

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