答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

先天性色覚異常者

2011年07月10日 | ちょっと考えたこと

 

『警察官採用の「色覚検査」全廃 女性眼科医らの訴えで一歩ずつ改善』

http://www.j-cast.com/2011/07/08100788.html

J-CASTニュース7月9日より

 

「色覚異常」に対する偏見や差別が、大きく改善されてきているという。このテーマに長くかかわってきた高柳泰世(たかやなぎ・やすよ)さんが2011年6月末、東京で開かれた「日本色覚差別撤廃の会」(石林紀四郎会長)で報告した。

 高柳さんは名古屋市の女性眼科医。1973年に開業して小中学校の学校医を引き受け、初めて色覚差別を知った。色の見え方が通常と違っていて、日本で開発された色覚検査表を正しく読めない子どもは「色覚異常」と判定された。工業高校、さらには大学入試も受けられなかった。

(中略)

色覚検査はもともと徴兵検査用だったが、1958年からなぜか学校検査項目に導入されて、進学や就職指導に使われ出した。検査表を読めない子どもの率は男子で4.8%、女子で0.4%ほど。多くは日常生活に支障がなく、欧米ではまったく問題視されていない。色覚異常は遺伝で、女性の10%がその遺伝子を持っており、母親の苦悩は大きい。


私は先天性の色覚異常者である。

断じていっておくが「色覚」だけである(たぶん)。そのジャンルはというと第2赤緑色弱というやつであり、先天性色覚異常者の大半を占める(らしい)赤緑色覚異常なのだ。

子どものころ、毎年恒例の色神検査(石原式色覚異常検査表というらしい)で多くの他人とはちと違うのだということは判ったが、だからどうなのよとばかりに、同級生たちとは異なった見え方をしているらしい自分の眼というやつが面白くさえあった。

親バカかつ身びいきの母などは、自分が遺伝子の元であるのを棚上げにして、「これは頭のいい人がなるがぜ」と優しく私に説いていたりもした。

高校受験の時期になり、工業系の学校に行かせたかった父の意に反して文化系、あまつさえ大学にまで進んでしまったのも、色覚異常で門戸を閉ざされていたことが原因ではない(そういや何科がよくて何科はダメでということを父は調べていた)。私自身の意思で、父と同じ技術系を拒んだだけのことである。

しかし世の中というやつは解らないものだ。そんな私が今、技術屋でございと、しかも「答えは現場にあり!」なんぞと、エラそうな顔をしてここにいたりする。

図らずも技術屋になってしまった私の来し方と、技術屋にしたくてたまらなかったであろう亡き父と、それやこれやを思い起こしながら、だからこの世は面白いのだと、ひとりで笑ってしまった。

 

ちなみに、私の色覚異常。日常生活に支障はないが、今の仕事では若干支障がある。山の緑の中で赤い杭が見えにくい。苔むした岩盤に赤いスプレーときたらほとんど見えない。

駆け出しのころは恥ずかしさと気後れがあったりしたが、実際のところ大したことではない。

少しばかり色の見えようが他人さまと変わっている。それだけのことだ。

そんな私からしてみれば冒頭の記事、好ましいことこのうえない。

 

 

 

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