北川村星神社のお弓祭りについて書くのは、きのうで終わりにしようと思っていた。
しかし、どうしてももう一点、肝心なことを書いておかなければならないと、きのう内田樹さんのブログを読んでいて触発された(ま、そう思いたったわけだ)。
この祭りを観てくださったかたたちが、「感動した」とか「素晴らしい」とか言ってくださるのは、掛け値なしに嬉しいし、ありがたいことである。
しかし私にはどうみても、この祭りは早晩立ち行かなくなる可能性が強いとしか思えない。もちろんそう簡単には、「立ち行かなく」させるわけにいかないのは「当たり前田のクラッカー」であって、手を変え品を変え形を変えても、存続させることを第一義に考えていくべきだというのが、私の考え方なのだが、
どうも、少なくはない数の地域の人たちの関わり方が、おいそれとは修正がきかないぐらいにズレてきているのではないだろうかという危惧が、私を悲観的にさせるのだ。
基本的な考え方のことを言いたい。
「伝統のパス&レシーブ」ということである。
その昔、山村のこととて「わんさか」とまではいかなくても、そこらじゅうに人間がいて、「弓引き」候補生が次から次へと湧いてでたころなら、こんな小難しい話はしなくても良かったはずだ。
しかし、今はどうみてもそうではなく、存続できるか否かは、「今そこにある危機」なのである。
そんななかでは、やはり、「贈与と返礼のパス&レシーブ」というところに基本的認識をおいたほうが良いのではないかと思うのである。
つまり、こういうことだ。
私は贈与を受けた。
それゆえ、反対給付の義務を負っている。
けれども、贈与は贈与者にそのまま送り返すことができない。
それは「次の受け取り手」に向けてパスされなければならない。
贈与されたものに対する反対給付義務の遂行とは、「等価のものを贈与者にお返しして、チャラにする」ことではない。
反対給付義務は、「自分自身を新たに贈与者として立てる」というかたちで遂行するしかない。自分自身が新たに贈与者となることによってはじめて、非贈与者であることの負債から開放される。
『内田樹の研究室』2010.1.9「コピペはだめだよ、について」より
地元の人間の多くにとって、「北川村星神社のお弓祭り」に参加するということに義務感はあっても(それすらない人もけっこういるのが問題なのだが)、それは、先人の「贈与」に対する「返礼」としての「反対給付義務」ではない。
キーワードは、「自分自身を新たに贈与者として立てる」という言葉である。
言い換えれば、伝統のレシーバーであるとともに、パサーになろうとする心持ちなのだ。
そしてそのうえで、「今ある形が唯一無二のものなのだ」という思い込みを排除する。
延喜式の昔から1000年以上も続いているという話が本当ならば(いやもちろん信じていますよ私は)、例えば身につける装束ひとつとっても、様々な変遷をたどって今に至っているだろうなというのは、容易に想像がつくことではないか。
事実、そう遠くない過去には村内3つの神社が持ち回りで行っていた神事なのだ。それが2地区になり、最後には木積星神社だけが残ったという経緯は、地元の大人は誰でもが知っていることである。そして、今の形がある。
さらに誤解を恐れずに敢えて言えば、細部へのこだわりを持ち過ぎない。伝統行事では、ディテールにこだわることをおろそかにしてはならないが、こだわり過ぎるのはどうだろうかと思う。
何度もいうが、私たちはレシーバーであると同時に「次の受け取り手」に対するパサーなのである。キープするために私たちが存在しているわけではないのだ。
・・・・・・てなことを考えながら飲んでいたのは、お弓祭りの余韻が冷めやらないきのうのことである。
たとえば、「こんな余計なこと(もの)を」と考える人がいたとしよう。私はその人に対してケンカを売ろうとは思わない。
しかし考えてもみてほしい。連綿と続いてきた「贈与と返礼のパス&レシーブ」のなかに、自分もまた生きているのだという認識に立ったほうが、なんだか楽しくなってくるではないか。
私はそう思う。












北風吹きぬく寒い〜朝も 心ひとつで暖〜かくなる
















