石野真琴のなんでもあり?

多趣味な石野真琴が、普段感じている事、将棋、祭り、甲冑等々、趣味の内容を描きます

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坂本龍馬が生きていたら

2009-12-28 23:59:49 | 趣味
 本日の東京地方の天候は曇後晴でした。10時ぐらいまで曇っており、それから晴れたのですが、雲の多い一日となりました。都心部の最高気温は14℃、最低気温は6℃。三多摩地域の最高気温は14℃、最低気温は6℃でした。週間天気予報によれば東京地方は来演1月4日まで晴れマークが並んでいます。年越しも安定して晴れが続きそうです。来年1月1日から寒くなりそうです。

 JINと言ってもTBSのドラマでは無く、原作の漫画の方ですが、そちらでは今、仁は坂本龍馬暗殺を食い止めようとしています。
 さて、幕末にあってもっとも有名で、人気がある坂本龍馬は慶応3年11月15日(1867年12月10日)に暗殺されています。同時に死んだのが土佐陸援隊の中岡慎太郎であったとされます。
 もう一人、生きていて欲しかった人物がいます。長州奇兵隊の高杉晋作です。
 まず高杉晋作、奇兵隊の高杉晋作が生きていれば、薩長による維新政府内で、薩摩の横暴を決して許さなかったはずです。高杉晋作ならそれだけの力があった。
 明治以降、奇兵隊の生き残りは明治政府で重要なポジションに付き、活躍しますが、やはり高杉晋作が正面に立っていれば、状況は大きく変わったはずです。
 坂本龍馬が生きていれば、薩摩と長州の連合に土佐がもっと深く食い込んで、しかも薩摩の西郷隆盛、大久保利通、長州の桂小五郎こと木戸孝允、「維新の三傑」でさえも一目置く存在であったはずです。
 また、坂本龍馬ならば、勝海舟を維新政府内でも重要な役割を与えたと思います。勝海舟は旧幕府の代表となって維新政府を支えたはずなんですが、実際にはほとんど重要な仕事をやっていないようです。
 もっとも坂本龍馬自身が、維新政府で重要なポジションに付いたかどうか。本人は海援隊を率いて世界中を飛び回ったかも知れません。もっとも坂本龍馬に商才があったかどうか。
 歴史にIFはありませんが、しかし、坂本龍馬、高杉晋作、中岡慎太郎の三人が生きていれば、その後の歴史は大きく変わったと思うのです。
 他にも重要で、その後に大きな影響を与えたかも知れない人物は、この明治維新の時期には数え切れない程います。戦国時代、明治維新、混乱の時期、何故か英傑が生まれて、非業の死を遂げます。
 だからこそ、この時代のIFを考える事は楽しいのですが。
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