伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

不要なハンディを憑けない事

2009-05-20 10:12:18 | Weblog
近代インドを代表する聖人の一人にラーマクリシュナが居ます。
彼は信仰を始めた幼少時から、縁により魔神を信仰しました。
殺りく・呪殺・死体を食らう黒き魔神と称される、インドの土着
信仰の
カーリー女神です。 
この世で人間の個人欲を叶える力が強いエナジー体を、人間
は霊験があると神様として祭るのです。
金銭欲・健康・色々な個人欲を人間に与え叶えさせる信仰
です。この様な信仰は必ず交換条件があり、代わりに大事な
何かを最終的に亡くします。
日本の新興宗教の様に正神を自称しながら、実際は背後が
魔物である事よりも、事前に正直な説明をしているインドの
信仰は良心的です。
定期的に神前で、動物を血しぶきが飛び散る方法で惨殺する
生贄を要求する魔神です。 大昔は最下層カーストの人間が
生贄にされていたと感じます。
この願望を叶える魔神にラーマクリシュナが願った事は何か?
それは、「神様の姿を見せて欲しい」でした。
紆余曲折を経て、彼は最終的には魔神(幽界存在への信仰)
を通じて上位の神様と通じ、最後には根源なる名無しの母性
存在にも観応したのでした。

つまり、間違った信仰をしていては本物の神様に通じる事は
できないのか? と言う問題が現代社会にもあります。
答えは、非常に「難しい」です。
ラーマの様な霊性の無垢な天才が、この世の庶民が欲しがる
願望を一切捨て去って(一般人の望む幸福はないです)、追求
して彼は祈願した願望を叶えました。 そして、50歳ほどで癌
により他界しました。
この様な癖の有る信仰は、自分以外の霊的磁気の干渉により
効果が得られるが、やはり完全では無くハイリスクであり、
最後が良くありません。 
根源を垣間見たラーマの魂は、神界に在るのは確かですが、
ラマナ・マハリシの様に人類の共有意識までの昇華を果たして
はいません。 ラマナの場合、信仰対象は山の自然精霊と
内在する自己の魂でした。

一般人が社会生活を営みながら、幽界教団の中で精進して
自己の内在する慈悲心を発露させるのは、出来ない事では
ないでしょう。 しかし、迷いの霊的磁気ハンディを受けながら
依存と心配心により非常に難しいです。
魔物の磁気に巻かれながら安定した心境を維持するには、
深部まで魔物に染まった場合の安心感か、御神体よりも自己
の良心を信じ切れた場合かです。

信仰とは、強制的な決まりや金銭強要が無いほど、癖の無い
無垢な信仰に成ります。
一番癖の無い信仰は、「既に在る」自分の心の神様に向かう
信仰です。 雑多な日常生活の中でも、何時も内在神と一緒
です。自分の心の動きを観察するだけでも、余計なイライラ
磁気は軽減し始めます。

とは言いつつも、人間は弱いものです。
肉体を持ちながら私達は国土の上に住んでいます。
この国土では、一番癖が無く霊的影響力を持つ土着神が
天照太御神と国常立太神である事は確かです。 
二つの親神への感謝の心を維持しながら、内在する神様を
意識する自分自身で行なう信仰は、物心共に正しく作用し
ます。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
    

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