ふろしき王子(Furoshiki Sensei)
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僕はメモ魔ゆえに忘れっぽいので、
物理的な見える化をしておかないと、抜け落ちる。

何かを持っていくことを忘れないようにするには、
通りみちの真ん中に置いて、歩けばぶつかるように
しておけば忘れにくい。

また、様々な小物たちも、全部見えるようにしておけば、
必要性を感じるための確認がしやすいので、
片付けの極意は、きれいに収納するだけでなく、
しまったものが分かるようにすることだ。

これは、お店の商品の陳列にもいえる。
聞かれてから取り出すことができても、
まずは店に置いてあるかは、視覚的に判断されるので、
全商品が分かりやすく目に入るとよい。

人の場合は、服装で、何をしている人だかを判断されやすいが、
逆に、たかをくくられる可能性もある。

頭が坊主で、野球のユニフォームを着ていたら、
野球少年と判断されるだろうが、実はバイオリンの名手であっても
野球以外の関心は持たれにくい。

もし、野球のユニフォームを着ていながら長髪であれば、
逆に天才プレイヤーであるとか、何か他の才能がありそうという
興味を起こさせるかもしれない。

分かりやすいようで、どこかを外すのは
氣になるきっかけとなる。

ハイハイ、またあれでしょ?分かったわかった。とは言い切れない、
あれ?というふしぎ。

さような意味では、スカートの丈の短い女学生は問題です。

セーラー服等の制服は、学業に専念する身分であり、
色めきたる大人の女性ではないという情報が発信されて、
それが身を守ることにもなるはずなのに、

矛盾するように短いスカートでは、かえってギャップによって
目立つ存在となってしまう。

で、日本では既に生徒の制服自体が、むしろ性的な魅力を響かせる
アイコンという逆転現象が常態化してしまっている。

だから、落ち着いた普段着を着ていたほうが、
かえって目立たなくて安定するのかもしれない。

ともあれ、未成年のスカートは長いほうがよい。

髪もありのままに、黒くて長いのがよい。

成長期は、人為的なおしゃれに偏らず、自然素材に
守られながら、心身の基礎を培う季節なのだ。

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