ふろしき王子(Furoshiki Sensei)
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友達の彼がインドからの留学生で、カレー作りも得意ということで、晴れて本日
我が家で、インドカレー教室を開催させていただきました。

作ったのは、ダルカレーとひよこ豆のカレー。
ダール豆(レンズ豆と似て非なる丸くて薄い豆?)と、
ふっくらしたひよこ豆(チャナ豆)で、2種類のベジタブルカレーです。

結果として大変美味しいものへ仕上がりましたが、まだ1度では
インドカレーの真髄はもちろんつかめないわけで。
スパイスの使い分け、入れるタイミング、粉かホール(全体)か、
油で熱するか湯で煮るか、などなど、頭ん中は混沌としていますが、

今心にのこっているのは、
それこそ混沌で、はっきりとした理論というよりも、
臨機応変的な勘も含めた道理なのではということ。


(カルダモン入りのチャイ)

何というか、たとえば辛くすること1つでも、
青唐辛子と赤唐辛子の生のもの、そしてチリパウダーも
併用したりする。
種もいれるとより辛いとか、生のものを使うと
同じ辛さでもすっきりした辛味が体に抜けるとか、
そういうお話と体感もありました。

また、最終的な塩味は最後に調えるとはいえ、途中でも
塩を入れるタイミングがあり、それは素材の持つ情報を
運ぶ役割だったり、素材のうまみを水分とともに
外へ出して、それらを調和させるなど、
いくつもの働きが同時にあるのかもしれません。

単純に、これこれこうだからこうすればよい、というのは
細分化すればあるのでしょうが、だからといって
数々の意味を組み合わせさえすれば必ずよきものに仕上がるとは
限らない氣がする。

ちっちゃなどこかが変化することで、他の全てのバランス、
関わり合いもつられて変わってくるので、やはり勘ばたらきで
対応するような部分もあるのではないか。

あらゆることに意味はあるでしょう。
原因はあるでしょう。しかし、
好きな意味を持たせることができます。
原因は無数にあるともいえます。

美味しいカレーになったのは、
たった1つの素材が、愛すべきストーリー、生い立ちをはらんでいたから、
ということもあります。
また、優しいきもちで作ったとか、みんなで協力して仲良く
進めたから、変な間違いやトラブルへつながらなかったとか、
とにかく様々な要因も相まって、結果として
ちゃんと調和しちゃった、ということもあるでしょう。

好きじゃない人が作ったカレーだったとして、あまり美味しくなければ
すごくまずく感じるかもしれないし、予想をはるかに超えた美味しさであれば
その人のことを見直すかもしれない。


映画を鑑るとします。

全体的なストーリーはもちろん大切ですが、
好きなシーン、よかったシーンが1つ現れることで
「ちょっといいかも」
もう1つ、すてきな場面が加われば
「結構いいじゃん」
さらに1つ、胸を打たれるところあれば
「この映画、当たりかも」
4つ目ともなると
「観にきてよかった!」

となるのです。あたしは。
それによって、他の色んなキャラやシーンまでが
すてきに見えてくるから、よかった所は
4つだけじゃなくて星の数へはね上がったりする。

カレーもそういうところがあって、
全体的な完成度や調和した味と香りはあるけれど、
それを成し得ているのが、
・ひよこまめの、おいものようなほこほこした食感
・クミンシードのらしい香り
・油による透明感と高カロリーの充足感
・塩梅のよさ
・半煮えパクチーの風味のちょうどよさ

たとえばそういう個々の魅力があって、
でも全体としてはたんなる総和ではなく、
1+1+1+1+1=5ではなく8になったりする。

絵のように、
桃だけでもピンクだが、
その背景に例えば水色が入ることで
清涼感がプラスされたピンクになり、
ただのピンク+水色ではなく、
清涼感のあるピンク+色氣のある水色となって、
1+1=4になったりする。

引き立て合うということか。

なので、

このカレー、うう~ん、何かイマイチなのだよなあ
というカレーでも、根っから間違いではなく、
そこに何らかの引き立て役が1つ入るだけで、
いくつかの空き部屋がぱちっと埋まって、突然
魅力を発揮しだして化けることもある。

どんなものにも、対になるものがある。
Aには裏Aが、Bには裏Bが、Cには裏Cというように。

表の存在だけを並べ立ててはぱっとしない。
相殺しあうかもしれない。

ご飯抜きで、塩味の濃いおかずばかり集めたような。

結局は組み合わせなのだが、
後は熱による酸化が増大すると、途中までは味を引き出すが
やり過ぎると味が壊れて戻らなくなるから、タイミングが大切。

素材選びとタイミングですね。

似顔絵でいえば、
目が細いという形は素材で、
目が離れているという位置が、料理ではタイミングといえる。

パーツが似ていても、位置を誤れば福笑いのように
似ても似つかなくなる。

どんなに素材がよくても、煮すぎたて香りが飛んでいたり、
反対に芯が残っていればうまくいかない。

知識も経験も大切。
そして最も重要なのが、やっぱり優しいきもちで、
食材という命に向き合うことなのだな。

コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
Unknown (素敵な手拭いたくさんあります。)
2017-08-06 00:49:46
友達とは!
前に風呂敷講座にきていた人かな!?
本場のカレーいいね。
きっと、おいしいだろうなぁ。
 
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