ふろしき王子のブログ

風呂敷のこと、その他毎日の色々。

今週木曜日のたのしい講座のご案内。

2012-05-14 19:46:03 | プロフィール
5/17(木)一橋学園駅前 ハコギャラリー

ふろしきの基本と、有用な新しい使い方まで
しっかりと身に付ける講座です。

14:00〜15:30 参加費1800円

西武多摩湖線「一橋学園駅」南口徒歩30秒、

改札口正面のクリーニング屋の右の路地の先です。

お申し込みやお問い合わせは isamix@gmail.com までお願いします。
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今日のつぶやき。

2012-03-04 21:57:05 | プロフィール
(ツイッターはやっていませんが。)


・いつもは見えない(見てない)ところに手や脚や氣を配ると、
 現在の問題の解が待ちぼうけていることがある。

・イベント会場のオーナーなど、器を持っている人が
 中身の人(出演者など)に出す、内容的な指示やアドバイスは
 的外れなことが多い。
 内容は中身の人に任せ、器の人はよりすてきな器へ
 磨くことに徹するべきと思う。
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シューあら?クレーム!?☆っ

2012-01-13 21:58:15 | プロフィール
八王子の駅ビルそごうは閉店するらし。

今日、そこの本屋に行ったら同じフロアで北海道物産展。
奥さんが久しぶりにシュークリーム食べたいというので買ったが
彼女の受け付けない生クリーム入りだった(カスタードと混ざっている)。
生クリームだけのもあったのでうっかり。

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『いたちを抱く貴婦人』

2012-01-12 17:43:51 | プロフィール


今日、奥さんが習っている二胡の先生宅へ
発表会で使う旗(藍染+刺し子)を作ったのを届けに行った。

すると、ちょうどレッスンにいらしていた生徒さんは
僕のブログを見てくださっているという。
イタチが好きというので描きました。



おまけ。

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たき火の思い出。

2011-11-28 11:12:43 | プロフィール
小学生のとき、家の前でたき火をした。
実家は合羽橋の菓子道具屋なので、
銅製のさわり鍋(ボール型)の古いのに
木片を入れて焼いた。

かなり大ぶりで、周りは黒くすすけている。
菓子屋がアンコなどを煮るものだが、
買い換時に古いのを引き取ったのだろう。

たき火といえば焼き芋で、さつま芋を焼くことにした。
本当は、濡れ新聞紙とホイルでくるんで焼くと
焦げにくくて成功しやすいが、
当時は知らずに漫画みたいにそのまま焼いた。

ほっこらするまでに時間がかかるし
周りは焦げていく。
たぶんまだ塾にも行っていない頃で、
暗くなる直前の4時台をたたずんでいた。
母も一緒に。

母は北区の田端出身。
たき火が最も似合う町の一つと思う。
駅南口から台地になっていて、坂道と樹木が多く
落ち葉がたっぷりと舞い込むのだ。

母は昭和29年生まれで僕と25才しか変わらないが、
子どもの頃は庭に座ってナタで薪割りしたという。
今と違って、オレンジ色の炎を見つめる機会が多かったのは
うらやましくもある。

一方こちらは、上野の山を降りた下町浅草のみち。
銅のさわりで木を燃やし、お芋を置いて
2人で暖をとっていると、そのうち
リヤカーとたくさんのダンボールを引いた
おじさんがやって来た。

すれ違うころ、たき火を向いて
彼は小氣味よく叫んだ。
「ヤキイモだっ!」

おイモは真っ黒なのに、
よく分かったなあと思った。
大きい荷を引いて過ぎ去る姿、
とっても焼き芋をおすそわけしたかったが、
こんなに焦げてて、そしてあまり美味しくなかったら
申し訳ないと思って渡せなかった。

その後、火も縮みいよいよ芋を取り出す。
炭化した周囲をはがすと、中は熱くきいろかった。
夕飯前だけど、出来たてを美味しく食べて、
家に入って牛乳でも飲んだと思う。
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ダンシング!ぷぷ☆リンス♪

2011-11-26 00:21:07 | プロフィール


今日(25日)、都内某所品川プリンスホテルで
きもの王子と出逢いました。
彼のブログ

短い間しか話せなかったけど、
真面目で熱くて上品なすてきな方でした。
またゆっくりじっくりとお逢いしたいです。

僕の愛称「ふろしき王子」もプリンスではあるが
洒落みたいなもので、むしろ玉子パン(甘食)に近いが
きもの王子は、マサに王子ぃ〜っ☆って感じで
すがしがしい風が吹いていた。
半径1.5mは、年がら春るんるんです。

昨夜は引越し祝いで持ち寄りごちそうをいただき
今日はきもの王子とランチをしたので
「食べ過ぎかな、ipi(いっぱい)動かなきゃ」って思ってたら
案の定というか、帰りの電車で何故か記憶がとぎれ、
氣が付くと1こ前の日野駅で下車していた。
それきた☆とばかりにひと駅分、坂を登って家まで歩いた。

途中で、下校中の女学生数人が歩いてきて、
アメリカンドッグをガブガブしてる。
若い子はお腹が空くもんね、と微笑ましいけど
歩きながらカップワンタンみたいの食べてる子もいて、
男子校6年間だった僕としては
「女子にはシューアラクレームか焼き芋をほおばってほしぃ」
なんて思った。

帰宅後、夕飯食べてから風呂敷縫って
お風呂入ってたらもうこなな時間。
それでもあまり眠くないのは、まだまだごちそうの
エネルギーが残っているな。

明日のイベントで、久しぶりにぱっちんと(弾けて)
踊りたい。
動物は動かなきゃ。
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横山功 プロフィール

2011-08-10 17:15:49 | プロフィール
風呂敷以外のことを追加。

横山功(いさお)
1979年9月9日 浅草生まれ
武蔵野美術大学デザイン情報学科卒
ふろしきライフデザイナーとして
風呂敷の心で結び直した
衣食住の生活全般を伝えている。

趣味 イラスト 服作り
特技 忍者走り 和太鼓 姓名判断

現在、東京都小平市在住。
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ふろしきライフデザイン。

2011-06-18 06:47:08 | プロフィール
今日明日の、ムサビの展示のキャプション(説明)に記す
僕の肩書きを聞かれたとき
「ふろしき王子」は愛称だし、そもそも僕は王子ぽくない。
デザインという言葉は幅広いから「ふろしきデザイナー」でもよいけど
ふろしきそのもの、だけでなく
「風呂敷のある生活」のデザインだから・・・というわけで
ふろしきライフデザイナー」を肩書きとしました。
今後もよろしくお願いします。


僕は、風呂敷用の記事を裁縫の先生からも購入しているのですが、
先日買いに出かけたときの写真があったのでリンクしておきます。
こちらのブログ
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手堅くもやわらかなり。

2011-05-11 07:08:49 | プロフィール
10年前の2001年の春、
僕はふろしきの基本となる真結びと、
口を開閉できる買い物袋を覚えて
風呂敷包み1つで東海道の旅に出た。

この買い物袋は、ふろしき中最強といってよいほど
便利で万能でたっぷり入るのだが、それでも
道中、お土産など荷物が増えてくると
片手で持つのは重くなってきた。
僕は、肩にかけるのがあまり好きではないので
(片側に重さが偏るから)

長良川の川原の石に座り
この袋をこのまま背負うにはどうするかと
あれこれ試していた。
そのときは、手ぬぐいを縦に折りたたんだものを
買物袋の取っ手に一つ結びでつなげ、
斜めがけが可能となった。

そのように、何か課題の生まれるたびに
手早く試して改良のできる風呂敷の柔軟さに
あらためて目から矢の抜ける思いをした。
青春のはじまったような、新しい体験の連続。

後に、手ぬぐいの帯から、
小風呂敷を斜めに折りたたんだ帯を使うようになり、
一つ結びでつなげるのはほどけやすいから
輪っかに通して結んだものを2つ折にして持つという
発見があって、これは安定して現在まで至る。

しかし、このように自分なりに工夫した
風呂敷の技も、決してオリジナルと言い切れるものではない。
江戸自体、さかのぼれば縄文時代に
既に先達が結んでいた技かもしれないし
それらが文献に残らないのも、親から子へと
受け継がれたあたり前の文化だったのだろう。

ふろしきによる帯、手袋、日よけ帽子、きんちゃく、
腹巻、ひもをつなげてカフェエプロン、水着他
僕のレパートリーの3分の1は
自分で結んで発見したものではあるが、
しかし、知らないだけでどこかの誰かが
すでに使っていた技かもしれない。

様々ある風呂敷の使い方も、技術的には誰でも結べるもので
それが風呂敷のよさと存在意義でもあるから、
オリジナルという言葉は似合わない。

明治維新や高度成長による生活の変化で
かつて親から子へと代々継がれてきたものも
途切れたり、変化してきただろう。
風呂敷のむすび方も、僕の世代では
日常の馴染みはなく、両親や祖父母から習うこともなかった。
時代が変われど現在の生活に無理なく適応し役立ち、
さらなる進化の可能性もあるふろしき文化を
これから先の世代にも渡して、人生の助けや
豊かさのために役立ててもらえたらと思う。

僕の運動はどこへ行っても変わらず小規模で、
愚直に実用的なふろしきの結び方を
たんたんと、そしてなるべく楽しく面白い
経験となるように伝えている。
安定した、ほっとするような感動がいい。

極端で目新しく、表面的な刺激による
一時的な興奮を演出しても、
そのような粗いものは
人の細胞には入れなくて忘れ去られる。
ふろしきの身体感覚は、じわじわと細胞にしみて
腰と筋と指先で身につくものだ。

あれから10年、いまだに飽きもせず
風呂敷を使いつづけているのは、
それが距離感のない手足のような道具であり
おむすびのように体になじみ
胎盤のように僕自身が包まれているからでしょう。
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ふろしきと結ばれて。

2011-02-26 09:02:27 | プロフィール
きょうは、これから北海道の
佐呂間町に出立いたします。

思い返せば、ちょうど10年まえの
2001年3月24日くらいの春休み
部屋の掃除をきっかけに
(使い捨ての袋や紙を減らしたいと思い)
ふろしきを本格的に使いはじめた。
それまではお弁当を包む程度。

風呂敷を実地で身につけようと
今までのカバンをふろしき包みに変えて
青春18切符で一週間ほどの旅をする。
おばあちゃんのタンスにあった
紫色のふろしきで荷物を包み、
まずは東海道を行く。

京都でおばあさんから
風呂敷の背負い方などを伝授され、
岐阜の長良川では河原に座ってあれこれ
試行錯誤。ななめがけできるように
手ぬぐいをつなげてみた。
(後に、折りたたんだ小風呂敷を
 帯としてつなげるようになる)
松本では大雪。防水のシートを結んで
カバーにした。

東京へ戻ると、桜がさきはじめた。
武者修行のつもりではじめた
ふろしきの旅は、身軽で便利、
折につけ自ら工夫し対応する
新鮮な実感にあふれた
楽しい一週間でした。

あれから10年、ふろしきは
体の一部のように生活全般で生きています、
これからも、いちまいの風呂敷を
結んでひらいて、たのしい世界を
ひろげていきたいと思います。
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「ふろしき王子」の由来。

2011-01-02 14:59:12 | プロフィール


僕の肩書き?でもあるふろしき王子とは、
伊豆のある温泉旅館の大女将が
名づけました。

若いころは
道に落ちた果物をかじり(小田原の放置みかん畑や伊豆の熟れ柿)
はこべやつゆ草を摘み、音入(便所)の前で野宿し(奈良県二上山頂)
どぶ川でも泳いでいた(千葉県)そんな僕に
王子という性質は当てはまりませんが、
この肩書きのお蔭で
覚えてもらいやすくなったはずなので
感謝しています。

王子というしゃれのような
抽象的な肩書きは助かっています。
なぜなら、具体的な肩書きがつくと
その狭い世界に縛られたり、
甘んじて向上心が減ったり
慢心する可能性があるから。

だから、○○(の)先生と呼ばれるのは
とてもこわいことでもある。
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風呂敷のプロフィール。

2010-02-28 17:26:15 | プロフィール
横山功(いさお)

1979年 浅草生まれ
武蔵野美術大学卒
現在は国分寺に在住。
一児の父。

好きなもの
・生きもの
・絵を描くこと

21才の春、ごみの少ない生活をめざして
風呂敷をつかい始める。
全国を旅をしながら、ふろしきの技を身につける。
その後、風呂敷の使い方を伝える
ワークショップを開くようになる。

テレビ、雑誌、新聞、ラジオで紹介していただき、
各地に出張もするようになる。
新しい使い方を考案したり
風呂敷自体を作ったり、
小学校や高校などでも風呂敷文化を伝えている。

よいものを永く愛用するのが
僕の思うエコロジーです。

風呂敷のイメージは、
包み方や結び方よりも
元々の布の素材感や色や柄によって
決まると思ってます。
古くさいという印象をお持ちの方は、
そう感じない、お氣に入りの布をえらんで
風呂敷を自作するのもおすすめです。

風呂敷は正方形ではなく
縦(布が伸びづらい方向)を
すこし(3%くらい)長くすると
伸びる横方向とバランスがとれて
使いやすくなります。
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プロフィール

2010-02-27 22:31:36 | プロフィール

横山功(よこやまいさお)

1979年 浅草生まれ。
武蔵野美術大学在学中
大森英櫻氏より
自然食をまなぶ。

幼いころより生き物を愛し
十姉妹や鶏を飼ってきました。
学生時代、ごみを減らすために
ふろしきを使いはじめたところ
あまりの便利さに手放せなくなり
そのうち「ふろしき王子」として
テレビや雑誌、ワークショップで
使い方を教えるようになる。

風呂敷包みを背負うとき
腰にあたると軽くなることから
腰の大切さをうすうす感じるようになる。

もともと和風のものに興味が
あったわけではないが
風呂敷を使っているうちに
自然に寄りそった和の心に
氣付かされ、着物をきるようになる。
下駄をはくうちに自然と
歩き方、走り方が変わり
それは日本人本来の
ナンバ歩きであった。

腕を振らないナンバ(忍者)走りによって
小学校ではクラス1,2番に遅かった脚が
格段にはやくなり、特に
荷物を背負いながらや坂道に自信があります。
お腹をひねらないナンバ?踊りでは
どんなに踊っても疲れ知らずで
人ごみの中では、前を向いたまま
横にすいすいと移動できます。

それでもまだ重心は高めで
上半身と腕の可動範囲が狭かったのですが
踊り子さんに指導を受けて、
まずようやくお腹までは下がりました。
重心は日々の意識が大切です。

そのころの目標に
「もちつきが上手くなること」がありました
テレビを観ていたら、80歳すぎのおばあさんが
難なく杵を落としてついていました。
筋肉の力ではなく、重心移動です。
たまたま、毎日パンをこねて焼いていたら
体重移動の感覚が身について
もちつきも進歩しました。

古写真の日本人は
力の要りそうな職人であっても
腕が細かったりなで肩であったりと
不思議な魅力がありました。
腰や丹田と、それをサポートする
帯の存在を再確認して
ズボンの上からも帯をしめ
ふんどしを締め、
一本歯の下駄で散歩をし
重心をさげることを心がけました。

腰に意識の要があれば
万全だと思っていたころ
ある神社の盆踊りの太鼓を観て
衝撃を受けます。
太鼓のメンバーでひときわ輝いている
その男性は、腰さえ自由に舞えるほど
重心は低く、感動の太鼓でした。

腰よりも重心の低い人がいるということで
古写真その他を見比べてみると
その道の達人レベルになると
重心が脚(股下やひざの高さ)にあります。

腰から脚へと日々意識して生活し
ようやく、僕は股間あたりまでさがりました。
そして、人の重心を細胞(本能)の反射によって
見極められるようになりました。

昭和30年代までの日本人は重心の低い人が多いですが
現代は絶えてしまったわけではありません。
赤ちゃんはみな低く、幼いほど低いですが大人でもいます。
育ちやライフスタイルによって差がでます。
普段駅や電車で確認するかぎり
重心のひくい人は10人に1人いるかどうかです。

重心がさがると、心も体も健康に
自分本来の素直な生き方ができると信じています。

頭で考える

心(胸)で思う

魂(腰)で感じる

細胞にまかせる

のように、重心がさがるほどに
大自然とつながり
いのちが真の歓びを
奏でることになるでしょう。

現代は衣食住環境と社会の仕組みによって
重心が高くなりやすいです。
このブログで、本来の重心にもどす
いろいろな知恵を紹介できたらと思っています。
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