Miscalculation

まじ快コナン二次創作中心。まったり更新の中途障害者で古の腐女子の比較的女性向サイトです

ホログラムの鳥籠 前編

2010-05-31 18:17:50 | まじ快・コナン捏造SS
またしても白快というか白黒。白Kではない気がする。但し、あくまで→であって、×ではないです。

取り敢えず友達の一言から思い付いたネタです(笑)。
『(白馬が)イジイジしてる所を(快斗に)慰められて「…だから君はわかってないッ!!(低声希望)」とか~』
っていうのからガッと降って来たネタを詰め込んでみたけど、多分凄くズレてます。てへ。

今回も長いので…前後編。

まじ快3、4巻、またコナン関係の原作のネタバレ(海外に渡る前だから探偵甲子園より前かなぁ)を含み、且つ、腐っております。
当然のことながら原作者様及び関係者様方とは今回も何の関係もございません。

上記の意味が分からない方、カップリングが受け付けない方、ネタバレは困るって方は追記を開けないで下さいね~!
気分を害されても当方責任取れませんのでお願い致します。




僕はきっと、自分で思うよりも遥かに焦りを感じていたんだ。



ホログラムの鳥籠



怪盗キッドと僕の付き合いは、実はそんなに長くはない。
僕が日本の公立高校に転入したのだって単なる偶然であって、8年振りに復活したというキッドを追う為に帰国した訳でもなければ、その時点ではキッドの事も単なる他の泥棒と同程度のものだと思っていた。第一、世界を股にかける泥棒は別に彼だけでもなかったのだから。

既に海外で探偵として実績をあげていた僕にとっては、島国日本という狭い地において、復活後未だ確保不能と言われているその泥棒を見てみたいという好奇心だけで、単なる腕試しの一つくらいにしか思っていなかった。
そう、あの時の僕は父が中森警部相手に、現場に僕を留める事を認めさせ丸め込む為の『マスコミにあおられていい気になっている』という言葉を文字通り体現していた訳だ。


初めて怪盗キッドと対峙したあの日、僕は彼の逃走経路を全て絶ち、逃げ場を塞いだつもりでいつも追い詰めた犯人にする様に訊いた。
「ひとつだけききたい……なぜあなたは盗むのですか? なんのために……」
大抵の犯罪者はそこで諦めるか逆上するか、しらばっくれるか誤魔化しを口にする。醜く足掻いて逃げようとする。でも彼は違った。
「それを捜すのが君の仕事じゃないのかな?」
余裕の笑みを浮かべて彼はハンググライダーでその場を去った。まさかまだ隠し球があったとは。確保不能の怪盗紳士の名は伊達ではなかったらしい。
その後は彼の判断ミスから多少弱点なども見付けて、結局逃げられたものの証拠を手に入れた。

ただ、その時は単なる遣り取りだけで、さして気にはしなかった。彼を捕まえる方を優先して、言葉の意味を考える事を後回しにしたのだ。

それでもどんな些細な事でもハッキリさせたいのが僕の性だ。あの日、キッドが落としていった証拠……髪の毛を元に即座に正体を割り出したのは当然の流れだったし、僕はその結果を今も信用している。
だから次の予告日に彼を拘束した時に現れたキッドは偽物だ。あの日僕と話したキッドじゃない。

僕はデータを信じているが、彼はそれ以降慎重になったのか、証拠は全く残さなくなったし、僕も状況証拠で彼を捕まえるのは諦めた。彼を捕まえるなら、現行犯として捕まえるしかない。


ところで、データから割り出した怪盗キッドの正体は黒羽快斗という。
皮肉にもその相手はクラスメイトで、400もあるという非常識且つズバ抜けた知能指数を持つ相手だった。

なのに、校内で彼の話を聞けば大抵誰もが笑顔を浮かべてしまう、ちょっとばかり騒がしいが至って普通の高校生だった。やんちゃなムードメーカーで、友達は多いし人気者だと誰もが認める。
女性に限って言えば、更衣室の鍵を外して覗かれただの、スカートを捲られただの……目を覆いたくなる様な稚拙な悪戯の文句が零れてくるが、それでも彼には何処か愛嬌があって、笑顔に少々苦いものが混じっても、本当に彼を嫌っている人間は何処にも居なかった。

教師達ですら、居眠り・早退などが日常茶飯事のサボリ魔、問題児であるのに、諦めのせいか優秀な成績のせいかは知らないが、結局彼には甘い。
寧ろ、生徒共々彼のエンターテイメントを楽しんでいる節すらある。
それに幼馴染みの中森さんを揶揄いながらも大切にしているのも誰の目にも明らかだった。

微笑ましくて、騒がしくて、それでも何の変哲もない学生の日常。
昼間のあの彼を見て、怪盗紳士や月下の奇術師と謳われる怪盗キッドを連想する人間はいないだろう。
僕もデータが無かったら気付かなかったかもしれない程のギャップの大きさだ。


結局、最終的には部外者である僕の見付けたデータだという事に加え、僕にとっては偽物だろうが、彼を拘束した上でキッドが現れたという状況から、仕方なくキッドと彼を結び付けたあの件を警察に認めさせる事は諦めた。
が、それでもクラスメイトとして偶に彼に鎌を掛けて言葉の裏を読む事や、現場での彼との頭脳戦は僕をとても高揚させた。

僕が彼を捕まえる。あのキッドを捕まえるのは警察にはきっと難しい。
そうだ、僕は倫敦帰りの名探偵という名に初めて泥を付けてくれた彼を、いつの間にか好敵手だと認めていたのだ。

キッドの纏う謎に遠くても、彼を長年追い続けて生き甲斐とまで言うのは、クラスメイトの中森さんの父、キッド専任の中森警部だけで、他の探偵に至っては僕の知る限りその存在に焦がれながらも実際彼等がキッドと相対する機会があったかは甚だ疑問だった。

だから、キッドに一番近いのは僕だと……ずっとそう思っていた。

ーーなのに。
彼にとってのその位置は僕では無かった。


僕が日本を離れている間に、一体何があったと言うのだろう。日本を離れてもキッドの活動情報の収集は怠らなかったが、東都の新聞はキッドの記事を書くにあたり、こぞってキッドと直接対決をしたという『キッドキラー』の名を冠した小学生で一面を飾っていた。
その頃、何度か異国の地でもキッドの映像を見たが、確かに何かが違っていた。
以前より隙が少なく、何より存在感が増していた。映像越しでもそうだったのだから、実際に目にすればどれほどのものか、僕には想像もできなかった。
8年振りに『復活』してから何度か犯行を重ねてきていたから、手馴れてきたのだろうかとも思ったが、それだけでは無い気がした。
以前より遥かに派手なパフォーマンスをも堂々とこなし、警察だけでなく大勢の観衆やカメラを前にショウを行う彼は……どこか生き生きとして見えた。

実際のところ映像には残っていなかったので、彼らの間でどのような遣り取りが行われているかは不明だったが、わざわざその小学生の周囲の人物に化ける危険を冒したりする様は、まるで暴いてみろといわんばかりの挑発と取れなくもなかった。

それ程までに彼に影響を与えた小学生と初対面したのは黄昏の館。江戸川コナンと名乗った彼は、おおよそ新聞の情報などは誇張に過ぎないと思っていた僕の想像の範疇を軽く超えた少年だった。
機転、観察力、行動力、洞察力、そして推理力。どれを取っても申し分無い『探偵』。寧ろ小学生としては不自然な程に、彼は探偵という人種だった。


そう、好敵手を選ぶのは僕たち探偵ではなかった。彼はキッドに選ばれたのだ。正体に最も近付いた僕を差し置いて。

探偵という人種は基本的に自信家だ。自らの情報収集能力から導き出した推理を信じ、簡単に罪を認めない犯人を追い詰め、時に残酷にありのままの真実を突き付ける。
逆にいえば自信がなければ犯人に罪を自ら認めさせることなど出来ようはずがない。

僕もご多聞に漏れず、自分に自信を持っていた。僕は怪盗キッドにとって特別なのだと……思っていたかったのだ。



その日、帰国して警備に参加した僕と警察の裏をかいたキッドは、いつものように予告した宝石を盗んで、認めたくは無いがあっさりと包囲網を突破して逃走した。
お決まりの白いハンググライダーで夜の闇を裂いて飛び去ったキッドを追って走り出した僕は、その時に限って携帯は圏外で、近くにいる筈のばあやと連絡が取れずに一人で彼を探していた。

空にはすでに白い鳥の姿は無く、飛び去った方向や風向きから逃走経路を割り出すしかなかった。
警察ともいつの間にやら逸れ、それでも僕は僕の理論を信じて歩を進めた。

どのくらい歩いたか分からない。いや、時間自体は判る。愛用の懐中時計はいつも肌見離さず持っている。13分と26.08秒間だ。
問題は距離と場所だった。住宅街という事は判るが、人気が全く無い。
そんな事は今までに無かった。幾ら英国に馴れ親しんだ時間が長かろうが、僕は断じて方向音痴では無いし、逃走経路を割り出す為に周辺の地図だってある程度頭に入れていた。
だというのに、あろう事か僕は迷ってしまったようだったのだ。

「こんばんわ。……お困りのようね、白の騎士」

何処か非現実的な甘い声に誘われる様に視線をやると、見覚えのある女性が道の端に佇んでいた。
確か、クラスメイトの小泉さんだ。断定できなかったのは、その雰囲気があまりに昼の彼女と違ったからだ。
艶やかな長い黒髪に涼やかな目元を持ち、妖しい魅力を纏う彼女は、奇妙でいて少しばかり肌の露出の多い衣装を着ていたが、その姿は随分と闇に溶け込んで見えた。
「……女性がこんな時間に一人で出歩くものではありませんよ」
「……あら、夜は私の時間なのよ?」
か弱き女性を守るのは紳士の務めだ。キッドを追うのも大事だが、目の前の彼女が別の事件に巻き込まれないとも限らない。
せめてタクシーを拾える大通りまで送るべきかと思いながらも、目のやり場に困る僕を見て彼女はくすくすと笑い声を立てた。
「それよりも、貴方は自分の心配をするべきだわ。惑うのはヒトの性。でも貴方のそれは早急に解決して貰わなければ。私の……いいえ、彼の為に」
見る者を魅了するが、まだ少し幼さを残した美女は、赤い唇を吊り上げて婉然と微笑んで肩口の髪をサラリと背に払った。まるでお伽噺の中の魔女の様だ。

「今夜は虚月。あれに見立てて貴方の惑いを断ち切って差し上げるわ」

どこか憐みを浮かべた表情の彼女は細く高いヒールをカツカツと鳴らして僕に近付く。その手にはいつの間にかひと振りの禍々しい雰囲気の大鎌。
「キミは、何を……!!」
流石にこの状態で銃刀法違反云々等と言えるほど、事態は悠長には進んでいなかった。だからと言って女性に手を上げることなど出来はしない。
どちらかというとインドア派の僕は、運動神経が優れているなどという自信はないし、人の身長ほどもあるあんなものを振り回されたら、避けるのは至難の業だ。
それでも大振りだろうから隙はあるだろう。
そう思っていたのに、僕の体は意に反して地面に縫い付けられたようにその場から動く事はなかった。

「さぁ……望みを」
傲然と彼女は僕を見下ろして僕にそう言った。
爪先一つ動かせない中で僕はただその光景を見ている事しかできなかった。

彼女が大鎌を振り上げた様は月光に反射して、今晩のクレセントムーンと酷似していて酷く奇麗だった。
彼も上空であの白い翼で風を切る時、そんな月を美しいと思うのだろうかと、取り留めのない思考が頭を巡る。
振り下ろされる鎌。でもああ、まだ僕にはやらなければいけない事があるというのに……!

残念なことに僕が覚えているのはそこまでだった。


気が付くと僕はさっきと同じ場所に茫然と立っていた。街灯の薄明かりの中でまず自身の状態を確認する。大丈夫、手も足も思い通りに動く。
そして不思議な事に、あの大鎌で斬られた筈の傷も痛みもない。
さっき彼女が立っていた場所にもただ闇が広がっているだけで、人の気配はやはり、全くと言うほどなかった。

僕は一瞬夢でも見ていたのだろうか。まるで白日夢。記憶だけはしっかりと残っているというのに。
愛用の懐中時計も先ほどと全く同じ時間を指している。そう、僕の時計は年にコンマ001秒しか狂わない。

『望みを』

なのに、赤い唇がそう笑みの形を作ったのを覚えている。何故かぞくりとした。
探偵という職業柄、オカルトの類は信じていないつもりだったのだが。

……きっと、疲れているのだ。そうに違いない。
僕はそう結論付けて再び先ほどよりテンポを早く歩みを進めた。
今日こそキッドを捕まえられるかもしれない。こんなことでチャンスを逃す訳にはいかなかった。

前だけを見据えていた僕は、だから箒に跨り悠然と宙空に浮かび、こちらを睥睨する魔女の姿を見る事はなかった。



足を止めたのは偶然だ。
一瞬街灯が切れて何気なくそちらに目を向けなかったら見落としていたに違いない、何の変哲も無い小さな公園。

彼は……白い装束ではなく、夏休み中だというのにいつもの黒い学生服の姿でその公園の青白い街灯の下、ぼんやりとその場に佇んでいた。
江古田高校2-B、黒羽快斗。
本来なら僕は『こんな時間にこんな場所で一体何をしていたのですか』と皮肉を込めてでも訊くべきだったのだ。
それが出来なかったのは、余りにも普段の彼から感じる覇気が無かったからだ。

どれだけの間そうしていたかは覚えていない。
沈黙は酷く長くて重かった。

ジリジリと、切れかけの街灯が耳障りな音をたてる中、ゆるり、と緩慢に振り向いた彼の貌には感情の色が全く見えなかった。
そこにいたのは僕の知っている天真爛漫だったり、時に冷めた面倒そうな表情を浮かべるクラスメイトの黒羽快斗でもなく、余裕を湛えてこちらを見透かすような笑みを浮かべる怪盗キッドでもなかった。

「……オメー、誰だ?」

―それは、僕の台詞だ。
僕は、あの時一体何と答えれば良かったんだろう。



「白馬って言ったよな。お前、オレのこと知ってんの?」
オレ、どうも記憶喪失ってやつみたいなんだけど。

誰だと問われてうっかり「白馬探ですが」と素直に答えてしまった僕に、彼はちょっと迷子になってしまった、というくらいの気軽さでそう言った。
残念な事に白日夢は、まだ続いている様だった。
「下手なジョークはやめてくれたまえ。ちっとも笑えない」
「オメー、オレの知り合いなんだろ?」
僕に見つかった言い訳にしても、もう少しマシな言い方は無かったものだろうか。
呆れた僕の言葉に、しかし彼は同じニュアンスの言葉をもう一度……今度は確信を持って繰り返した。
これでは話が噛み合わない。肩を竦めた僕は仕方無く折れて彼の質問に答えてやる。
「だったら何だっていうんだい?」
「……あのな。ジョークなんか言う余裕があるか。気が付いたら怪我してて、妙な女の声も聞こえるし……それに失血で気を失いそうなんだよ」
「っ、黒羽くん、君はどうしてそれをもっと早く……!!」
ギョッとして、慌てて駆け寄ろうとすると、しかし彼は手でそれを制した。
「やっぱり名前知ってた。お前、オレの何なの? ただの知り合い? それとも……」
記憶を失ったと言っても、感覚は覚えているのかもしれない。僕が探偵で自らの敵だという事を。
だから近寄らせないのだろうか。奇妙な緊張感が漂う。
このままでは彼は無茶をするという予感があった。僕は……きっとそれを見過ごせない。
早々に折れたのは僕の方だった。

「大丈夫、僕と君はクラスメイトで『友達』です。後の事は僕に任せて下さい」

そう、僕は彼に嘘をついた。もしかしたら、彼のそれも嘘だったのかもしれなかったが、彼が僕に頼ったのはそれが初めてだった。
逆に言えば、普段の彼がこんな形であれ僕を頼るなんてことは無いだろうから、記憶喪失も案外本当なのかもしれない。

事情は解らないが、彼はやっと僕に近付くことを許してくれた。街灯のせいだけではない、蒼白い作り物めいた表情。濃厚な鉄錆の匂い。
それでも意識を飛ばすこと無く僕の片腕を借りるだけに留めた辺りはまだ強い警戒の証。
さり気なく触れた彼の黒い制服は、血を吸ってじっとりと重かった。

やっと連絡が付いたばあやは不審を抱いただろうに僕の言葉のまま、何も聞かずに車を走らせてくれた。一直線に僕の家へ。
幸いにも父は不在、使用人達も休んだ後なのか、屋敷内は静まり返っていた。
口の堅い僕の専属医を無理を言って呼び寄せるとすぐに彼を診せて、治療が終わると部屋とベッドを提供した。
食事や水分を摂る事、そして鎮痛剤を飲む事には抵抗を示したが、ややあって我慢の限界だったのか、僕が部屋にいる間に彼は不意に意識を失った。


どうせ彼は証拠を残してきてはいないだろうし、なんとか着替えさせた学生服からは、ばあやに洗って貰う前に隅々まで検査してみたが、一体どうやったのか、盗まれてまだ返されていない筈の宝石も、キッドの衣装も道具も身分を証明する物すら何も出てきやしなかった。

幸いにも学生は夏休み中。
怪我の事もあるし、何より僕は彼個人にも興味があった。勝手ながら暫くの間、彼を友人として家に留めおくことに決めた。

中森警部にはいつもの様に見失ってしまいましたと連絡を入れておいた。父である警視総監のお陰で現場に顔を出す事を渋々承諾しているものの、学生の身分で口を出す僕を煙たがっている彼が、まともに話を聞きたがるとは思わなかったが、案の定「だったらさっさと家に帰って休んでいろ」と一方的に電話は切られた。

ついでに念の為、彼の自宅の電話番号は調べていたので彼が眠っている間にかけてみた。記憶喪失だという事は、真偽がはっきりしないので伏せておく。
「すみません、彼と僕の家で暫く勉強会をする事を約束していたのですが、彼が伝え忘れていたとかで……ご心配をお掛けしました」
疲れてしまったのか、途中で眠ってしまったので代わりに連絡させて頂きましたと、当たり障りの無い理由を述べると、それはご迷惑をお掛けして、と電話口に出た彼の母親は、何かを知っているのかいないのか、恐縮しながらも僕には何も悟らせはしなかった。
「暫く泊まって行くと思いますが、無事に送り届ける予定ですのでご心配なく」
暫く、と言ったのは彼の母親を心配させない為と、そして……恐らく彼は長くここに留まらないだろうという予感からだった。


次の日、目覚めた彼は昨晩の警戒心が嘘の様に出された食事を完食した。
最初こそお腹に優しいリゾットを食べたが、それだけでは満足出来なかったのか、念の為持って来た普通の食事にも手を出した。
怪我と失血で体が欲していたのかもしれない。

「あー、美味かった。ごちそうさま!」
「それは良かった。後でばあやに伝えておこう。こんなにきれいに食べてくれたと知ったらきっと喜ぶ」
空腹が満たされて機嫌が上昇したらしい彼は、ナプキンを用意してあるのに、ペロリと口の端に付いたサルサ味のディップソースを行儀悪く舐めて、不思議そうに僕を見た。
「昨日車で送ってくれた人か? オメーの家族?」
「そうだな……僕にとっては一番そう呼ぶに相応しい相手かもしれない」
「ふーん。じゃあ、昨日の夜の事も謝っておいてくれよ。面倒掛けて悪かったって。後、勿論オメーにも感謝してるんだぜ? 『友達』とはいえ、ここまで面倒みてくれてさ」
にかりと笑った彼を見て、彼女には直接言えばいい、という言葉は飲み込んだ。ここは僕のプライベートなフロアだ。
彼女は僕から連絡を取らない限り、でしゃばって自ら顔を出す事はしない。
そして僕も……わざわざそれだけの為に彼女を呼び出す気は無かった。


食事が済んだ時点で、昨晩の専属医を呼んで再び彼の様子を看て貰った。
何も訊かないで欲しいという僕の願い通り、医師は余計な口出しもせず、彼を外して傷などの具合だけを僕に報告してくれた。
逃走の際に落下してどこかで引っ掛けでもしたのか、脇腹を抉った深い傷が未だ塞がってはいないという事だったが、臓器には影響は無いし、何より医師が驚いていたのは脅威的な回復力と、溢れる生命力。

頭部にも軽い打撲の痕跡があったようだが、それも落下時のものかもしれない。
記憶喪失については打ち所が悪かったのか、詳しい事は不明、問題があるようなら専門医を薦めると言われた。

傷口が開くといけないので、落ち着きの無い彼には、今日一日だけでもベッドから出ないように頼み込んだ。
傷の事は彼は何も言わなかった。僕に聞いても理由が判るとは思わなかったのだろう。具合については自分が一番よく解っているに違いない。


「そういや、お前ん家ってTVとかゲームって無いの?」
「ラジオとボードゲームなら」
僕の答えに、ベッドの上の彼は明らかに落胆した様子だった。まるで緊張感が無い。
実際にはパソコンやTVくらいはさすがにある。ただ、昨日の今日でキッドの話題を取り扱っているだろう映像を見せたくなかった。

「記憶……もしかして戻ってるのかい?」
「いいや? オレは『クロバ』、そんでここはオメーの家で、オメーは『友達』の白馬。オレの今の認識はそこまで。後は単に日常生活に支障がない部位の記憶は失われてないってだけ。困ったらオメーに聞くし。教えてくれるだろ?」
当然のことのように彼は言って笑った。どちらかというと、記憶喪失自体を疑っている僕としては鵜呑みに出来ない話だが、万一という事もある。

「白馬はさぁ、オレが記憶戻ると何か問題でもあんの?」
「いや。無いよ?」
それは半分嘘だ。僕はどこかで彼がこのままであれば良いと思っている。
何故かは……解らない。
「それより君は随分と落ち着いているけれど、記憶が無いことは不安では無いのかな?」
「無いね。オメーはオレを知ってる。誰もオレを知らない場所ならともかく、オメーはオレの『友達』で、見捨てるような真似はしないだろ?」

「……なるほど」
この自信は何処から来るのだろうと思ったが、彼はただ僕と会話しているだけの様でいて、僕の人となりを観察し、僕の出方を見ている。
彼の家族や家の話を僕が意図的に避けている事にも彼は無論気付いているだろうし、僕が彼の記憶を戻す手伝いをしないだろう事にも気付いているだろう。
そして、もしも僕がここで彼を見捨てたとしても彼は自身でこの状況をどうにかする術を考えて行動するに違いない。

そこまで考えて僕は気付いた。彼がここに留まっているのは怪我や記憶喪失のせいでは無く、単なる彼の気まぐれに過ぎないという事に。
記憶があろうが無かろうが、彼が一筋縄ではいかない人物である事には何の変わりもないようだった。


「……トランプでもするかい?」
昼食後のベッドの中、暇を持て余して今にもふらりと起き上がりそうな彼に、僕は声を掛けた。
現在の彼の記憶の程度が解らないので、幾つかゲームの種類とルールを挙げる。
「んじゃ、ポーカーで」
「イカサマは無しですよ」
彼が興味を示したゲームを聞いて、僕は即座に釘を刺す。目の前の奇術師の手先の器用さを思えば、当然の話だ。
「……しねぇよ。ってかオメー、それ普段オレがイカサマしてるみたいじゃね?」
「……さぁ」
たかだかゲームじゃねーか、と彼はむくれた表情をして見せた。
しかし、どうだか、と僕は思う。彼はどうも負けず嫌いだ。釘を刺すくらいいいだろう。
「さぁって何だよ、『友達』なんだろ?」
「そうだよ。僕と君は『友達』だ」
僕の答えが不満だったのか、じろりと彼は僕を睨めつけた。
奇妙な腹の探り合い。いつものようでいて、そうでない不思議な感覚。



後編へ続きます。
まだ付き合ってやろうという方はどうぞ後編へどうぞ。

駄文ですが無断転載などはご遠慮くださいね。


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